毛利元就 | ナノ


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夜。

今日も海は静かな波の音を立てながら、元就の一日を締めくくる。
寝間着で自室に戻ると手鞠はすでに部屋の隅で丸まっていた。
行燈の明かりに照らされて、畳に投げ出されたその脚を淡く浮かび上がらせる。

自分が部屋に入ってきた事に気づくと目を瞬かせて、そのうちまた閉じた。
行燈の火を消すと室内の明かりは無くなるが、月の光が障子越しに射し込むので真っ暗闇にはならない。

部屋の中央に敷かれた布団へ潜り込む。
手鞠は布一枚かけずに寝る。
今まで屋根で寝ていたのだから確かに不要なのかも知れないが。



「……おい」

「うぇっ」



布団に横たわったまま声をかけると、今までで最も素っ頓狂な声を出した。
まさか話しかけられるとは思っておらず、既に眠りの淵にいたのだろう。
手鞠がこちらへ意識を向けていることは空気の流れでわかったが、自分がそうまでして何を話そうとしたのかを一瞬見失った。

ああそうだ。



「…何故貴様は屋根で眠るのだ」

「屋根?」

「屋根であろうと樹上であろうと同じだが、貴様は平地では眠らぬな」

「だってお部屋で寝るのは危ないよ」

「…また妙なことを」

「だって閉じ込められたら死んじゃうんだよ」



それは良くないよ、と呟いてより体を丸める音が聞こえた。
訳の分からない理由だったが、手鞠が雨の日以外の全てを屋外で眠る辺り、何か重要な事なのだろう。



手鞠が三日三晩眠らないと聞いた時、医者から「安心を与えてやれ」と言われた時。
言葉の真意までは掴みきれなかったが、一つだけ確信めいた考えがあったのだ。
高い所でしか眠らないと決まっている手鞠が唯一それを外れて眠ったのは、日輪へ祈りを捧げている時だけだ。
自分の背後で護衛をしている時だけだ。

無防備に砂浜で丸まって眠っている姿が、ふと残り香のように脳裏に蘇って。

もしかすると、自分の傍であれば安心して眠るのかもしれない、と。

世迷いごととしか思えないその案を、なぜだか無下にできなかった。
そしてその通りになった。



「……我の部屋は死なぬのか」

「死なない、と言うか、忘れちゃう。閉じ込められるかも、とか出られなくなるかも、なんて、何でもなくなるよ」



そう言って、多分笑った。
顔も姿も見えないが、それでも分かる。
これはいつでも呑気に笑うから。



「元就様がいなくなるより怖いことないよ」



その声はとてもよく通った。
これまでの、何が怖いのか分からずにいた時のような声色ではない。
確信を持ってして、自分の答えを見つけた者の物だ。

これは己の暗闇を見つめたことの無い生き物だと思っていたが。
恐怖を味わって尚、その正体を受け入れたのだというその事実が。

少しだけ、羨ましかった。




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