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「元就様おはよー、今晩は桜鍋だって」
「その血なまぐさい姿で寄るな」
「ありゃ」
返り血で真っ赤になった姿とは裏腹に、手鞠はすこぶる調子の良さそうな笑顔を浮かべる。
ちぐはぐすぎて逆に恐ろしい見た目だ。
「何故貴様がマタギと同じ仕事をしている」
「もうすぐお祭りだから、降りてきそうな獣は狩ろうって話になって」
確かに数日後には年に二度行われる大事な式典がある。
大漁と収穫を祈る日輪祭だ。
礼儀も何も身につけていない手鞠は参加しないが、事前準備はほとんど力仕事なので引く手数多だろう。
「手鞠ちゃーん、朝飯出来たよおー」
「はーい」
「ぎゃああ!湯殿入ってから来い!」
「ありゃ」
今までは食事や寝床をあてがった事は無かったが、放っておくと飲まず食わずになった際にまた不便なので、今は女中に食事を出すよう命じている。
それでもフラフラと空いた時間に魚を捕ったり、果物を集めてはいるようだ。
食事が足りないのかと尋ねれば、そういうわけではないと笑った。
元就が朝の支度と執務を終える頃、手鞠は臼と杵を引きずって砂浜を横断していく。
わざわざ遠い物置に仕舞われているので、砂浜の端とも言える崖下まで運ぶのは完全なる徒労だと思うが、放っておいている。
三日月状に広がる砂浜の最も凹んでいる箇所に屋敷があり、右端に行けば村へと続く山々に繋がる。
左端に行けば切り立った崖がそびえ立っていて、その下にもっぱら手鞠はいた。
そびえる崖はうねった岩肌を持っており、遠くからではその姿は絶壁に隠れて見えない。
手鞠はいつもそこで魚をとり、梨をもぎ、餅をつく。
屋敷からは手鞠が引きずった杵の重さで砂浜に線が描かれる。
「橋之助ー、もっと早く水をつけてよ」
「お前がつくのが早すぎるんだっ」
「あぁあ、板の粉が風でとんじまうよ。急ぎな橋之助」
「爺様は餅を丸める仕事しかしていないのだから急かさないでくれっ」
元就が覗きに行けば、大体この三人で餅をついている。
自分が行くと市右衛門はゆっくり頭を下げ、橋之助は膝をついて礼をし、手鞠は元就様ーと手をひらひらさせた。
執務と執務の間に行くのに丁度よく、出来立ての餅を必ず二つはつまむことにしている。
手鞠が味見と称して大抵食べすぎるので、毎回引っ叩いて砂浜に沈めている。
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