毛利元就 | ナノ


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遠くで誰かが私の名前を呼んでいるような気がして、いつも夜明け前に目が覚める。
鶏が鳴くよりも早く、空が白み始めるよりも遅く。
呼びたい訳ではないけれど、もう呼ばずにはいられない、自分ではどうしようもないのだと、絞り出すようなか細い声。

誰なんだろう、とうっすら瞼を開けるのだけど、いつも睡魔に負けて再び瞼を下ろしていた。
けれど、このごろは違った。



私の体は、眠る事をすっかり忘れてしまったのだ。





「手鞠、いい加減食べなさいよ」



顔見知りの女中さんに首根っこを掴まれて、朝餉の前に座らされる事もこれで四度目。
食べる事と眠る事を忘れて四度目の朝が来た。



「お腹空いてないよ」

「何日食べてないと思ってるんだい、水だけでこうも長持ちしてさ。草花じゃないんだから」



そうは言っても、お水以外を喉が通っていかないのだ。
目の前のご飯はどれもとても美味しそうで、いい匂いもしているけれど。
お腹も喉もカチカチに固まっていて、とてもそこを通っていきそうになかった。



「作ってくれてありがとう。でも食べられないよ」

「ほぉー、元就様のご命令だと言っても?」



え、と思わず口が開いてしまって、それを見た女中さんがにやりと笑った。



「今朝から皆知ってるよ。何が何でもあんたに飯を食わせよってさ」

「私に?」

「そうだよ。あんた、元就様の命令に従わないでいられるの?」



それは駄目だ。
安芸を守るのが元就様の役目で、その元就様の手先になるのが私達なのだから、元就様の命令が叶えられなければ安芸の未来もないのだ。
そう考えた途端、固まっていた喉がするりと解けたのを感じた。



「……いただきます」

「えっ」



ご飯を食べるのが久しぶりすぎてお味噌汁しか飲めなかったけど、女中さんは許してくれた。
昼餉には粥を作ってやる、と言われて、嬉しさと居心地の悪さが一緒になってやってきた。



三日ぶりに食べ物が入ってきて胃が落ち着かないので、ぶらぶらと海辺を散歩する。
今朝は元就様に仕事を聞きに行ったけど、何もするなと言われた。
この三日間、ほとんどそんな返事しか返ってこない。



「……何なんだろう」



自分でも、自分の体がおかしくなったことは分かっている。
眠れないのも、食べられないのも、私の体には存在しなかった。
まるで変な虫が私の体に巣食っているみたいで、何だかいつでもぼうっとした。

こんな事になったのはあの恐ろしい夜からだ。




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