毛利元就 | ナノ


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安芸の屋敷から立ち上る狼煙を見つけたあの時、手鞠は何度も何度も自分の位置と屋敷までの道のりを見比べていた。
計算できたのかは分からないが、恐らく本能で悟ったのだろう。
いくら自分の脚とはいえ、走り続けていれば速さも体力も追いつかないと。

だからしばらく俯いて、唇を噛み締めていた。
固く目を閉じては開き、拳を握っては開きを繰り返し。
遂に橋之助の方へ顔を上げた。
うっすらと血の気が引いたその表情は、それでも、固く握りしめた手のひらを解こうとはしなかった。



(橋之助、お願いがある)



どうした、と返した自分へ、今まで一揆勢を縛るのに使っていた荒縄を差し出す。



(この山を越えるまで、私は馬に乗って行く。一の山から走り出せば、多分きっと走りきれると思うから)

(しかし、お前は馬に…)

(だからお願いする)



その目の中に、影が見えた。
真っ直ぐに自分を見つめているはずなのに、その中心は左右に震え、とても焦点が合わない。
それでも歯を食いしばりながら、一言ずつ、ゆっくりと口に出した



(私を、馬に、縛ってほしい)



縛り付けてしまえば、道中で例えどんな事が起きようと、乗り続けることが出来るからと手鞠は言った。
体の中が揺さぶられ、平衡感覚と呼ばれるものが無くなり、自分の意識を手放してしまおうとも、乗っていられると。

かくしてそれは成功した。
自分の気が変わらないうちに早く、と急かされながら馬にしがみつく形で縛り上げた両手首の縄は、山を越えるまで解けることはなかった。
一の山は道が悪いため、恐らく馬が転倒した際に縄から抜けたのだろう、と橋之助は語った。
そこはあくまで予測でしかない。

馬に乗って山を越えた記憶を、手鞠はほとんど覚えていなかったからだ。



今一度、手鞠の手首を見やる。
もうその傷跡は袖に隠れて見えなくなってしまっていた。



「手鞠」

「何?元就様」

「医者へ行け」



その瞬間、場にいた全員が固まった。
耳を疑う市右衛門、口を開けたままの橋之助、ぐう、と顔を歪ませた手鞠。
渋い顔を隠しもせずに存分に出し尽くした後。



「……はい…」

「え!?」



それを見て元就がふん、と鼻を鳴らしたが、そのまま手鞠を引きずっていこうとするので慌てて橋之助が止めた。



「ぬ、主様のお手を煩わせるわけにいきません。自分達が連れていきます」

「貴様らではあっさりこれに逃げられるのが落ちよ。二度手間は好かぬ」

「そんな事しないよー…」



一応呟いてみたようだが、まるで自信も説得力もなかった。
それでもどうにか立ち上がり、元就の後ろをよろよろと歩いていくのを見ると、それ以上はもう何も言えなかった。




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