毛利元就 | ナノ


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やがて室内へ静寂が訪れる。
元親がいなくなった事を確認しにふらふらと立ち上がった手鞠へ、咄嗟に元就が口を開いたが。
どんな言葉もそこから発する事ができなかった。

知らなかった。
こんな時にどんな言葉をかけるべきか、そもそも、今自分は何を言いたいのかさえ。
幼少の頃から、願いを口に出して叶った試しなどない。
それを叶えた存在へ自分が今何を感じているのか、考えているのかが、あまりに未経験すぎて理解出来ず。



「……手鞠」



やっと、そう呼んだだけ。
元就のその声を聞くと、手鞠はいつものようにへにゃりと笑って返事をした。
その笑顔とは裏腹に、体は未だ肩を上下させて荒い呼吸を繰り返している。
どうにか言葉を発しようとしたが、こちらが何か言うよりも先に。



「よかった…」



そう言って顔をくしゃくしゃに歪めると、泣きそうな顔でまた笑った。
それが心底ほっとしたような、体中の力が抜けたような間の抜けた顔で。
言葉と心が食い違う存在を今まで山ほど目にしてきたが、今この生き物だけは、心からそう言っているのだと理解してしまった。

手鞠は先程からずっと目を見開いたままの自分をすっと見上げて。



「襖壊しちゃってごめんなさい、元就様。外の様子、見てくる」



いつものようにそう呟き、開け放たれた障子から外へ出ていった。
その姿が完全に夜の闇に消えたところで、はっと我に返る。



「待て、どこに――」



外の暗闇に足を伸ばしたが、明かりのついた室内から急に出たせいで一瞬目が慣れずに眩む。
月明かりを頼りに、自分も砂浜へ降り立つ。
砂浜に残された足跡はしばらく続いていたが、ある所で大きな跡を残し、そこから先は消えていた。
それはまるで膝をついてうずくまった跡のように思えたが、もうそれは誰にも分からない。



自分一人が立ち尽くす海辺で、ただ穏やかな波の音が響いていた。






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