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月明かりと行灯の火に照らされた室内に、鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音が響いていた。
それはしばらく対等にぶつかり合い、はじき返し、互いの喉元に狙いを定め続けていたが。
やがてそのうち、片方の鋼の音が少しずつ鈍ってきた。
「おらおらぁ!この程度か毛利ぃ!」
「くっ……馬鹿力め」
輪刀で多くの攻撃をいなしていたが、単純な腕っ節の強さであればどちらが強いのかは一目瞭然だ。
元親もまた、決して大振りな技を繰り出さず、左右に銛を振り回しながら薙ぐように輪刀に叩きつける。
それが元就の両腕から徐々に力を失わせていった。
「あんたも腕は悪くねえ…だが力勝負じゃ俺が上よ!疲れさせる兵もいねえしなあ!」
「……!」
毛利軍の常勝手段として、まず大量の兵を用いて相手を疲弊させる。
本陣は遠く、絡繰は多く、その道を正面から突破してきた敵が元就の元へ辿り着く頃には、とても最初の勢いは残っていない。
そこを元就がとどめを刺し、討ち取る。
確かに己の弱点を隠した戦法だが、この脳内まで海と筋力で埋められた男がそこまで考えるとは到底考えられなかった。
正面からまた降り掛かってきた銛の強襲を受け流しながら、どこかで元親に口を滑らせでもしたかどうかと頭を高速回転させる。
覚えはある、だが、どこの会話だったか。
(まあ、僕らのように知略を巡らす者達は、武芸に秀でている方が珍しいだろう。体力もないし、非力なものだよ)
は、と口を開いた。
元親ではない。
ただの自嘲とも取れる言葉だったが、あの時確かに自分を見据えて。
(僕も、それから君もね)
竹中半兵衛はそう言った。
安芸にやって来たあの時から、すでに決まっていたのだろう。
この夜の、この場面は。
元親は恐らく、自分に対するほとんどの情報を持っている。
豊臣にとっては万が一でも、長宗我部が毛利家を討ち取ってくれた方が扱いやすくて都合が良い。
「っおのれ竹中……!」
「あんたの敵は俺だ!」
元親が勢いよく組み合っていた銛を蹴り上げた。
力負けした体はどうにか押し出された銛を避けるが、背中が壁に触れたのを感じた。
開きかけた口を、閉じる。
しかしそれは憎たらしい事に、全て見られていた。
「……あんた、呼ばねえな。あいつを」
「…………」
元親はわざと名前を言わなかったが、それでも十分なほど伝わった。
雑兵の中で呼ぶ名を持つのは一人しかいない。
「良く回るあんたの頭だ、考えちゃいるんだろう」
こちらが何の反応も示さないままでいると、元親は小さく笑って一歩下がった。
「……分かってるんだよなあ。あいつは間に合わない、ってよ」
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