毛利元就 | ナノ


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「……門を閉じよ!決して布陣を崩すな!」

「は!」



突如攻め込んできた豊臣の軍隊は、見事な統率をもって安芸の屋敷を取り囲んだ。
それは確かに驚異的な速さではあったが、地の利がこちらにある上に、毛利の軍はこのような状況を幾度も乗り越えたことがある。
どこにどのような兵を置けば、相手がどこへ移動するのかまで、手に取るようにわかった。



「元就様、正門前を奪還しました!」

「西門付近の敵兵、撃破致しました!」



次々と予想通りの結果が舞い込んでくる。
ふん、とその報告を聞き流し、敵陣の大将を見やる。
ここ最近豊臣に戻ってきたという、細い男の姿が見えた。



「無駄に敵兵にこだわるな。追い払えばそれで良いわ」

「は?な、なぜ……」

「豊臣のお遊戯に付き合うほど暇ではない」



内情を探りにわざわざここまでやって来た半兵衛の姿はどこにも無かった。
代わりに、秀吉と半兵衛の信望者である石田三成が兵を率いていた。
そこから分かるのはたった一つ。



「……安芸に集る虫め。石田軍の初陣として、我はさぞ都合が良かろう」



使える物は何でも使う、あの軍師がやりそうな事だ。
地形も気性も知り尽くした相手であり、且つ表立っても豊臣に歯向かうことが出来ない立ち位置であれば、模擬戦にこれ程向いている存在はないだろう。
現に豊臣の兵は自分の布陣が劣勢になると、あっという間に退却していった。



「…元就様、戦の流れは明らかになりましたな」

「ふん。じきに日が沈む、それまでに全ての敵兵を安芸の地から排せ」

「御意!」



息を吐きながら自室に戻る。
舐め腐った相手とはいえ、敵襲の最中なので御堂へ籠る事は避けた。
自室の障子を開け放てば、眼前に広がる安芸の海辺が飛び込んでくる。
すでにほとんど日は沈んでいた。

豊臣への憤怒で沸いていた頭が、黒に染まりゆく海を見つめているうちに少しずつ冷めてきた。
まるで見たままのように、頭の中の波が引いていくのを感じた。
しかし、波が引いていったあと、海底から生えている一つの岩があった。
何かが引っかかっている。

中国地方の飢えた農民に一揆のやり方を教え、武器を渡し、けしかけたのは恐らく豊臣で間違いない。
一揆鎮圧に多くの兵を向かわせる間に、手薄になった毛利軍と石田を戦わせるのも、あの軍師ならやりそうな事だ。
そんな事はどうでもいい、もっと単純で、瑣末な疑問。
一揆勢は到底、徒歩では不可能な速さで安芸へ向かって進んできた。
馬も使わずに、どうやって進んだ。



誰が、運んだ?



がたり、と部屋の奥の襖から音がした。
今まで影としか思っていなかったその隙間から、手のひらがぬっと現れ、襖を開いてゆく。
海の飛沫以外、何も聞こえない夜。
そう、日輪はとっくに海の向こうに沈んでいる。
ようやく気がついて顔をはね上げる元就をせせら笑うように、影は言った。




「よう、大将」






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