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多くの悲鳴、血の匂い、それらが橋之助の耳に届き始めた。
一揆勢の最後尾からちまちまと攻撃している自分に、先頭集団の悲鳴が聞こえるということは。
もうほとんど、終わりかけているのだ。
試しに少し顔を持ち上げてみれば、一揆勢の農民はもう十数人程度しか残っていない。
その半分はほとんど戦意を喪失していた。
こちらも怪我人や死人は出たがそれも数名だ。
「……よし、刀を降ろせ!残っている者を捕らえろ!」
橋之助の声で兵達が一斉に武器を降ろすと、農民の数人は逃げ出したが、残りのほとんどはその場に座り込んだ。
こちらの負傷者を確認しながら、指示を出して農民に縄をかける。
逃げ出した者は追わなかった。
自分が追わなくとも、手鞠がもう捕まえに行っている。
「……ひぃ、どうにか、終わりやしたね」
「ああ、皆ご苦労だった。日が暮れる前に終える事が出来たな」
昼前に始まった大騒動は、太陽が大きく傾いた頃に終わった。
どこかでカラスが鳴いている。
全員を縛り上げる頃に、残党を捕まえた手鞠も戻ってきた。
「橋之助様、じきに夕暮れです。このまま夜を迎え、朝方に移動するのが得策かと」
「ああ、そうしよう」
怪我をした兵に肩を貸しながら、ふと遠くの故郷を思い出す。
そう言えばここは山頂だったと、遠くの安芸を見るべく顔を上げた時。
二頭いた馬が一斉に嘶いた。
「何だ?」
「わかりません、急に騒ぎ出して…」
兵が馬をなだめるも、何かに取り憑かれたように前足をはね上げながら何度も甲高く鳴き続ける。
それがまるで警告のようで、咄嗟に手鞠の姿を探した。
手鞠はすぐ近くにいた。
自分に背を向けて、遠い彼方を見つめている。
その腕から、今まで抱えていた農民がどさりと落とされた。
小さいその背が見つめる先、瀬戸内海、砂浜、小さく小さく見える安芸の屋敷。
橋之助がそこから一本の狼煙が上がっていることに気づくのは、すぐの事だった。
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