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一つ目の山を越えた頃、道の脇に小さく広がる場所を見つけたので、そこで夜を明かすことにした。
夜通し走り続ける手鞠とは違い、野宿しなれている兵達がテキパキと焚き火や寝床の準備を進める。
手鞠もその辺りで木の実や野うさぎをとってきて、夕餉の足しにした。
「順調だな。明日もう一つの山を越えた頃にまた野宿をして、そのまま夜明けと共に襲撃する」
「たしか挟み撃ちにするんでしょ?」
「ああ、俺達が合図を出して突っ込んだところを、後ろから自軍が襲いかかる。この進み具合であれば問題は無いな」
そう言って、高い夜空を見上げた。
焚き火以外の何の明かりもない山中では、星と月の光が辺りを照らしている。
天候の崩れもなさそうだ。
そんな横顔を見て、手鞠が尋ねた。
「橋之助は何のために戦ってるの?」
「……戦い?戦のことか?」
「戦とか、今みたいなお仕事とか、人を倒すこと全部」
「……ううむ、難しいな」
若い武士は顎に指をおいて考えていたが、やがて焚き火の周りで身を丸めて眠っている兵達を見つめた。
「……俺は元々志願して兵になったのではないが…そうだな、やはり民を守るために戦っていると思う。俺が死んでも主様や爺の安全は脅かされないが、俺と共にいる民上がりの兵にとっては大変なことだ」
そっか、と相槌を打つ。
自分の身の上や影響力を十分に理解している、橋之助らしい答えだと思った。
「だがお前はわかりやすくていいな、安芸を守るためだけに戦っているのだろ?」
「うん」
即座に返事をしたが、ふと違和感を覚え、薄緑の小袖の上から胸元を擦った。
「どうした」
「ん、何か胸がチクチクした」
「虫でも入ったか?」
「どれどれ…入ってないみたい」
かきすぎるなよ、と念を押されたが、手毬は小首をかしげながら不思議そうに擦っていた。
次の日は夜明けと共に歩き始めた。
二つ目の山は山菜や木の実が豊富で人がよく山に入るため、道がよくならされていて歩きやすい。
今までの道は大きな石が露出していて馬に乗れなかったが、ここからは橋之助が馬を使うことが出来た。
「本来であれば相手も馬を使えない一の山で戦いたかったな」
「でも向こうはに馬はいないんでしょ?」
「そうだ、一揆勢は皆歩きで進んでいるという。それなのになぜこうまで移動が早いんだ」
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