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「……元就様は、日輪に何をお祈りしてるの?」
「決まっておろう。安芸の恒久的な平和と安寧よ。貴様は我よりも考えるべき事があろう」
「?」
「……昨日の報酬の話よ。貴様、本当にあれで」
「あー昨日の!」
思わず大声で返事をしちゃって、元就様が一瞬だけ体をびくっとさせた。
でも昨日の気持ちを思い出したら大声だって出てしまうから許してもらおう。
「あれ凄く嬉しかった、元就様ありがとう」
今度は声の大きさを戻して言ったのに、元就様はまだ驚いたような顔を続けている。
ついでに片方の頬を思い切りつねられた。
「いひゃいよー」
「…いや、狐でも化けておるのかと」
何でさ、とつねられた頬を引き剥がして撫でた。
元就様のする事は分かりやすいようで、最近になっても全然分からない。
「貴様は報酬の意味を履き違えていないか?」
「分かってるよー。私、『かかさま』っていう人は皆にいるって教えてもらってから、ずっと会ってみたかったんだ。でもそこまで疎くないから、多分もう会えないんだろうなって分かってたけど」
会った事がないから、いなくても寂しいと思う事もなかった。
でもどんな物なんだろう、って知りたかった。
「でも、元就様が教えてくれた。私のかかさまはきっと柔らかくてあったかくて、良い匂いがしたんだよって。だからそんなのばかり好きなんだって」
嬉しかった。
たったそれだけの事だとしても。
だって、他の誰も教えてくれなかったから。
「私は元就様にかかさまをもらったんだよ。だから、これはご褒美だよ」
「……そうか」
「元就様のかかさまはどんな人?」
「母上は幼少時に没しておる」
「あとは?」
「…………子守唄を、歌っていたのであろうな」
「へえ、元就様にはまだ聞こえる?」
「嗚呼。しかし、覚えているのは一つきりよ」
「かかさまの得意な歌だったんだね」
「……そうかもしれぬな」
そのまま、遠い地平線を振り返った。
安芸の空と日輪は、もしかしたら私と元就様のかかさまを知っているのかもしれない。
元就様のかかさまに会ってみたかったなあ。
そう呟くと、同じように海の果てへ振り返った元就様の顔が。
ほんの微かに、頷いたような気がした。
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