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「おーい手鞠、こっち来て手伝え」
「はーい」
このところ戦が多い。
海の外からくる敵もいれば、隣の国に潜んでいた敵もいる。
「オダ」が「トヨトミ」に変わったからだと周りの人達は言うけれど、私にはもちろん良くわからない。
ただ、今日の戦もあっという間に終わった。
まだ日が高いのにもう安芸の屋敷に皆帰ってきていて、片付けまで始めている。
「いいか手鞠、この手綱を離すなよ。戦のごたごたで馬小屋が壊されちまったからな」
「でも私馬に乗れないよ」
「乗る必要はねえよ。お前の力なら手綱さえ持ってれば抑えられるだろ」
「分かった」
握らされた3本の手綱をその通りにしっかり握った。
それぞれに繋がれた3頭の馬達は皆たてがみを赤黒く濡らしていた。
どこからも血の匂いがする。
屋敷の前の広い庭には血染めの布がたくさん詰まった桶と、捨てられるのを待つ壊れた武具で溢れている。
あちこちで横になったまま手当を受ける人、療養所で運ばれる人、ずっと何かを叫んで呼んでいる女中さん。
戦の後では別に珍しくない光景だ。
「あーあ、腕っぷしの良い奴が粗方やられたなぁ」
「家畜の世話番もあっちに行っちまった、また代わりを立てなきゃなんねえ。いつになったら終わるんだろうな」
「さぁな……ま、すぐ代わりの駒が来るわ。元就様の事だ、あっという間さ。……前から残っている奴らも、俺達とお前だけになってきたか、手鞠」
「うん」
昨日まで馬の世話をしていた世話番も、逃げた馬を捕まえてきた力自慢の農民も、もう今日はいなかった。
目の前にいるこの人達は、多分明後日にはいないと思う。
よく分からないけど、仕方ない事なんだろう。
それを元就様が望んだのだから。
その時、1頭の馬が突然嘶いた。
グンッと引かれた手綱に思わず体ごと持っていかれそうになり、慌てて引き戻した。
ところが残りの2頭もすぐに体を一瞬震わせると、さっきの1頭と同じ方向に走っていこうとする。
「何だ?急に怯えやがったぞ」
「どーどー」
「と言うかお前は何で3頭分の手綱を片手で持てるんだ……?」
私が手綱を握っているから決してこれ以上進めないというのに、尚も全力で地面を蹴りあげる事をやめない。
一体何からそこまで逃げ出そうとしているのかと、後ろを振り返ると。
納得した。
背後にある門に元就様が立っていた。
「……貴様、そこで何をしておる」
「馬の手綱を握っていてくれって言われて」
「我がそのような事を命じたか?」
あれ、と一瞬どう答えればいいのか考えたけれど、素直に首を横に振るだけにした。
元就様が何も聞きたくなさそうな顔をしていたからだ。
「ならばさっさと来い」
「はーい」
「うわっ手鞠、紐離すなよ!!」
「馬が逃げたぞ!避けろお!!」
「きゃー!!」
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