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「母親を求める者に女中を宛がっては報酬になるまい。その次の好物はなん……」
「ちょちょ、ちょっと待ってください」
「何だ、早に…………どうした」
「ちょっと……あー……」
急に座り込んだ自分を見て、元就がぎょっとした声を出す。
それでも顔を上げられなかった。
うずくまり、腕の中に顔を埋めて、反響する自分の声だけを聞く。
ちょっとだけ待ってほしかった。
「……そうだったんだ……」
自分の心が砕けて初めて。
自分には心があるのだと知った。
「……気づかなかったのか」
「……うん、全然、わかんなかったよ。元就様すごいね、何でわかったの?」
「……さあな」
あー、と呟きながらも、袖で顔をごしごしと拭って立ち上がった。
その顔には、変わらない腑抜けた笑顔がはまっている。
それが少しだけ、泣きそうだった。
「ありがとう元就様。私、これが報酬でいい」
「……何?」
「考えても考えてもわかんなかったの。毎日毎日楽しいのに、元気なのに、私の中に全然埋まっていかない何かがあって」
住む場所も帰る場所も決まっていない、そんな日々の中で。
暖かくて、柔らかくて、いい匂いがするものが自分と遊んでくれたら。
抱きしめてくれたら。
添い寝してくれたら。
名前を呼んでくれたら。
何だかとっても嬉しかったんだ。
「元就様ありがとう」
そう言って笑う。
呟くように、似つかわしくないほどにか細く。
その笑顔にどこか見覚えがあったが、思い出す事はできなかった。
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