▼
そうは言いながらも自分を踏み越えて行くことまではされず、どうにか服についた土を払って起き上がった。
さっさと屋根を降りて歩き出した元就の後ろをてっくらてっくら着いていく。
背負った身の丈と同じ長さの槍が、歩調に合わせて左右にふらふらと揺れた。
「でも寝たからたくさん思い出した」
わずかに傾いた日輪を背に、ひんやりと木の冷たさに包まれた屋敷に上がる。
元就から返事があろうと無かろうと、この雇い主が歩けば着いていくのがきまりだ。
「戦、終わったんだっけ」
昨日の夕餉を食べた後に元就へ明日の仕事を聞きに行けば、もう終えた、の一言だけが返ってきたのだ。
騒動を起こした近隣の諸国はほぼ全て鎮圧し、多大な駒を用いた戦術は見事に効果を発揮した。
だからつわもの達は、この国の主にもういらぬ、と言われてしまえばそれでおしまい。
「元就様、次は何のお仕事する?」
「……貴様のような、生き残るしか能の無い人間が一番厄介よ」
「ね」
敵を誘き出せと言われれば囮になったし、一番槍という名の捨て駒になれと言われればなった。
撤退時の殿も、罠にわざとかかるのも、命じられたなら従った。
それでもなぜか、これはひょっこり帰ってくる。
勢いの良い返事と共に飛び出していった格好のまま、浮ついた笑い顔のまま。
「……来たばかりの貴様に与える仕事などない。その辺で体でも動かしていろ」
「はーい」
一瞥してさっさと自分の仕事部屋に入ると、騒々しい足音を消すために強く扉をしめた。
――――――…
室内に紙をめくる音のみが響く。
必要な事柄は全て文に記しておくよう家臣には厳守させているため、いつでも手元には山のような報告と申請の束があった。
ふと、その中の一枚に目を止める。
ここ最近来たばかりの女の武人をどの箇所に配置させるか定めてほしい、そのような内容が記されていた。
「……あれか」
あれとは即ち今し方外へ飛び出して行った存在のことで、そう言えば未だにどの部隊にも振り分けていないのを思い出した。
「………ふむ」
prev / next