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「貴様はじっとしていると言う時がないな」
「うん、皆忙しくて。手伝ってって言われるから」
楽しそうに言いながら片腕をグルグルと回す手鞠。
確かにこの馬鹿力であれば、雑用は引く手あまただろう。
「以前の戦で殿を務めた事があったな」
「しんがり?ああ、兵の後ろについたやつ」
「左様。それ故、貴様に褒美を取らせる。有難く思え」
あまりに聞きなれない言葉だったのか、ほうび、と自分でもう一度呟いてから。
理解したらしく慌ててその場で正座をした。
……恐らくこれの中で、正座が最も礼儀正しい振る舞いなのだろうと回転の早い頭で考えた。
「はい、ありがとうございます」
「では、貴様は何を望む」
「え?」
きょとんと元就を見つめ返す。
「私が決めていいの?」
「例外中の例外だがな。貴様には土地も、地位も、米も必要なかろう」
武士が上からもらう報酬は大抵の場合はそのどれかになるものだ。
どれも自分の家督の地位を上げたり、家来への報酬に使う事が出来る。
しかし、家も家来も無い手鞠にとっては無用の長物であるし、贈る側としてもどうしようもない。
しかし、元就がそんな事に自分の時間を割く訳がなく、本人に任せきるのが一番手っ取り早いのだ。
「一番槍と殿役が無報酬では他の兵の指揮が下がる。足りない頭でせいぜい考えておけ」
「はーい」
―――――――………
「橋之助ー」
「お、手鞠。何だ?」
夕方頃、市衛門の工房へひょいと顔を出した。
刀の手入れをしていたらしく、着物を肩までまくり上げている。
「橋之助は、何か貰えるとしたら何がいい?」
「また唐突だな…まあお前が唐突でない試しがないか」
誰から貰えるんだ?と聞かれたので、偉い人、とだけ返した。
すると特に悩んだ様子もなく。
「俺は刀か金子が良いな。一度は名のある刀を持ってみたいし、金子なら爺様に美味いものでも買ってやれるだろう」
「ああ、そっか」
「うん。まあ、面白みの無い答えだろうが、男の模範解答である自信があるぞ」
「なるほどなー」
次に訪れたのはその隣にある工房。
入口の周りには様々な種類の木材が立てかけられており、足元にはそれらを削った屑が散乱していた。
奥の畳の間に、煙管をふかしている市衛門が座っている。
「こんばんは市衛門」
「おう、手鞠か。珍しい時間に来たね」
「うん。ねえ市衛門、何か貰えるとしたら何が欲しい?」
「うん?お前さん何か貰うのかい」
「違うよー、例えばだよ」
「例えばねえ」
ふーん、と部屋をぐるりと見渡して。
「工房が手狭になってきたから、もうちっと広い場所がほしいかね。入口もでかくしてさ」
「ああ、良いねえ」
「そうだろう?もしも橋之助の奴がちょっとでも彫りが上手くなりゃ、後にも残してやれるからな」
なるほど、とまた呟いて、うんうん頷いた。
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