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「随分気に入ったようだな」
「うん、体力も機敏さも申し分ない。もう少し躾れば理想的な兵になりそうだ」
「…我は捨て駒に質は問わぬ」
「君は質より量をとるからねえ」
まあいいさ、と腰を上げた。
豊臣に降る気が無いことを理解した時点で、もうここに用はないのだろう。
ただ、いつまでも照らし続ける安芸の太陽を、眩むように見上げた。
「貴様のような体には、安芸の日輪は辛かろうな」
「まあ、僕らのように知略を巡らす者達は、武芸に秀でている方が珍しいだろう。体力もないし、非力なものだよ」
自嘲するような言葉を一度切り上げ、元就をすっと見据えた。
「僕も、それから君もね」
「……どういう意味ぞ」
「ただの世間話さ…あの子によろしく」
そう歩き出した時、ふと足を止めて振り向いた。
清々しい程の貼り付けた微笑をもって。
「ああ、あの手土産に毒は入っていないよ」
それじゃあ、と手をあげながら歩き去っていった。
道の先、離れたところに馬を止めたままの兵達が視界に入る。
その中に、恐らくだが石田の家紋も見えた気がした。
「……食えぬ奴よ」
去っていく背中を見送る事なく踵を返す。
いつもの浜辺に足を向けると、手鞠が何かが入っているであろう桐箱を頭に乗せて海辺を走り回っていた。
目から下を隠す垂れ布が表情ごと覆っているので、言いつけは守っていたようだ。
「あ、元就様ー終わった?」
こちらを見つけて駆け寄ってくるが、頭の上の桐箱は落ちそうな素振りすら見えない。
「……貴様は頭の中だけでなく外まで奇っ怪よ」
「あはは」
槍を両手で持つと、確かに空くのは頭だけだと理解しているが。
理解しているだけで受け入れられるかはまた別の話だ。
「美味しいもの入ってるかな」
「捨てておけ」
「あ、水羊羹だ!」
「聞け」
それから結局、元就の「兵百人の組手の訓練を手伝えば食わせてやる」という命令に従って組手を行った結果。
百人斬りをされた兵達がいたずらに怪我を重ねただけだったので、もう二度とするまいと心に誓いながら、幸せそうに水羊羹を食べる手鞠の頭を叩き続けた。
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