毛利元就 | ナノ


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久しぶりに外へ出た自分を照らす光はやはり眩しかったが、そこまで強烈な強さは持っていなかった。
普段よりも強く風が吹いてきてこの顔を撫でていったので、暑さが柔らかく感じられる。
波の音と、風の感触が同時に五感を刺激しながら通り抜けていった後。
そこにはいつも通りの姿があった。

それは自分を見つけると、まるで何も変わらない姿で、大きく手を振りあげていた。

白い砂浜に白い半股と足が溶け込んで見えるが、上半身に纏った薄緑の小袖から伸びる腕にはしっかりと槍が握られている。
またか、とももう思わなかった。
もう、いつであろうとあの生き物はこの浜辺にいるのだ。
いや、浜辺にいるのではなく、自分の近くに。

ざり、と一歩歩き出せば、焼けた砂浜の熱が足元から昇ってきた。
あれは、手鞠はこちらがそんな動きをしている事を知ってか知らずか、切り立った崖のふもとに生えた木の下をぐるぐると回っている。
近づいていくほどに良く見えるその動物的な動きは、獲物を狙っているのだとすぐに分かった。

この海岸線の果ては岩場で終わっている。
その隙間に生えているのは、両手を広げるように大振りな枝を持ち、しなりそうなほど丸々とした実をつけた立派な梨の木。
しかし幹の部分は瘤だらけで足をかける場所もなく、梯子を使うにも岩場に挟まれていて立てかけられないので、誰の手にも触れていない。

手鞠はぐっと足に力を入れ、しなやかな筋力のバネの力で飛び上がった。
岩場の上はゴツゴツと不安定な足場をしているが、1度乗ってしまえば安定したらしく、よろける様子も見えない。
見上げればもうすぐそこに梨がたわわに実っていた。
一歩一歩、近付きながらその行動を目で追う。

思えば、こちらから食べ物を与えたことがなかった。
求めてこなければ、必要ではないのだろうと。
これがどこで眠り、何を食べ、誰と過ごしているのかも、知ろうとしなかった。
知る意味もないと思っていた。

手の届く辺りの梨を二つ三つもいで砂浜に降り立つと、小袖でその表皮を軽く拭き取り、がっぷし噛み付いた。
随分みずみずしい梨のようであっさりとかみ切っている。
緩みきった顔で咀嚼していた時にようやく近づいてきていた自分の存在に気づき、目を丸くした。




「元就、様?」



慌てて口内のものを飲み込んだらしく、固形物が胃に押し込まれたのが喉の動きでわかる。
こちらから近づく時は仕事を伝える時以外に無かったのだから、その反応になるのかもしれない。
それでも、飲み込んだ端からまたへらへらと笑った。



「元就様、この梨おいしいよ」

「そうか」

「あ、お仕事?」



いや、と言いかけて、思い直した。
仕事と割り切れば、伝えるのも随分気楽になるだろうから。
それでも動かない口元を、手鞠が読んだのかは知らない。
普段通りの考えなしでただ口の言うままに任せたのかもしれない。
それでも。



「元就様も、梨食べる?」



その言葉を待っていたのも確かなのだ。
こちらがその言葉に反応を返さないので、差し出した梨を引っ込めようとしたが。



「……貰おう」



ようやく口が開いた。
手鞠はまた驚き、そして益々顔を緩めた。
それでもまだこの哀れな心は何の欠けもない立派な梨を受け取ることが出来ず。
手鞠の手元にある、幾らか食べ進められたそれを指さした。



「……それで十分だ」





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