毛利元就 | ナノ


▼ 




微かに隙間が生まれたので、目を凝らしてその中を覗き込んでみる。
その瞬間、背筋に強烈な悪寒が走った。



「!」



咄嗟の判断で手鞠が後ろへ1歩飛んだのと、僅かな隙間から鋭利な刃物が飛び出したのは同時だった。
丸みを帯び、顔が映るほどの薄さと光沢を備えているそれは、どう見ても元就の輪刀。

今まで手鞠がいた場所へ念入りに繰り返し突き刺してから、舌打ちと共に御堂の中へまた戻っていった。



「……元就様ー」

「何だ」



とりあえず向けられた殺意は見なかった事にして声をかけると、意外にも返事があった。



「えっと、家来の人達が用事があるって」

「知らぬ」

「元就様に見てほしいものがたくさんあるんだって」

「民草の仕事に付き合っている暇はない、我には我の仕事がある」



ぴしゃり、と音が聞こえそうなほどの撥ね付け具合だ。
これは何度押し問答しても駄目だろう。
変化球でもなければ、そのうち元就が返事をするのにも飽きて話さなくなるのが目に見える。

これでは何も変わらない、と悩んだ結果。



ずるずる…ずるずる…



「我好みの絡繰りを持ち出しても無駄よ」

「あれっ?」



変化球を出す前に防がれた。
なぜ分かったのか問えば、扉の向こうだろうと音で分かる、とのまさかの返答。



「貴様の考える策程度、我が読めぬはずあるまい」

「くっ…折角市衛門とそれっぽいの作ったのに」

「……ほう、偽装か。後で詳しく聞く」

「しまった」


それから屋根に登ったり床下から侵入しようとしたり、また大声で読んだり文を差し入れてみたりとあらゆる手を使ったが、反応はほとんどがなしの礫。
すっかり日も高くなり、なぜ自分はこんな事をしているのだったかと、ついにそれさえ疑問に浮かんできてしまった時。



「おい、手鞠。昼げを持ってきたぞ」

「あ、橋之助ー」



元凶とも言える存在が、小さな風呂敷を携えてやって来た。
橋之助の存在を視認して、そう言えばこれに頼まれたからやっていたのだと目的を思い出す。


「無茶を頼んですまなかったな。爺様から握り飯の差し入れだ」

「ありがとう」

「主様は動かないか」

「うん」



渡された風呂敷づつみには握り飯が3つ入っていた。
それから、達筆な文字で一言の書き置きも。



『押して駄目なら引いてみろ』



市衛門の文字だった。
薄い木の皮にそれだけ書かれた言葉を見せると、橋之助も首をひねる。



「どういう意味だ?」

「なんだろね 、まあいいや。いただきまーす」



頼りになるのかならないのか助言はひとまずよけながら、御堂の前にやってきてから結構な時間が立っていることを思い出す。
お腹空いたからおにぎりが美味しいなあ、とぼんやり思考を巡らした所で。



「……あ」



何か思いついたようにふい、とすぐ近くにいた橋之助の顔を仰いだ。



「元就様の好きな食べ物って何だろう」




prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -