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手鞠にもだいぶ情報が入ってきたので、ふむふむと相槌を打ちながら頭の中を整理した。
この四国の鬼を名乗る人間が本当に話しに来ただけなら、あとは元就の帰りを待つだけだ。
それは方便で本当は元就を討つつもりなら、さっさと追い返すだけだ。
もしも、この人間が長きに渡り元就と関わり続けるのが目的で、結果として元就の性質そのものが変わってしまう恐れがあるのなら。
やる事は一つ。
「…鬼さんはまた元就様と戦うの?」
「…今は避けてえとこだが、互いに目と鼻の先にあるからな。何かと揉め事は起こるだろうよ。だから今のうちにあいつの巫山戯た考えを叩きおってやりてえんだ」
あいつの考えはどうにも許せねえ、と拳を握った。
「でもまだ一回しか会ってないんでしょ?」
「あー…そこなんだがよぉ。実はむかーしに何度か顔は合わせてんだ。稚児の時代だからお互い顔なんざ覚えてねえが」
「安芸の毛利家の話なら、しょっちゅう耳に届きやすからねえアニキ」
「おう。安芸のお天道様と海にかなり執着してるって噂は特にな。海を渡る俺らとしちゃ争いは避けられねえんだが…胸糞悪い相手と戦い続けたくはねえだろ」
「胸糞悪いの」
「部下をモノ扱いする奴に録なのはいねえよ。国の主として国を支える部下をないがしろにする奴は許せねえ!あんな奴を知っちまったら寝覚めが悪いってもんだ」
それにな、と元親が向き直った。
「あいつは、毛利は何とかなりそうな気もしてんだよ。能面以外のキレた面も声もある。冷酷な奴だが、まだ本心は少しあんだよな。関わっちまった以上は放っておけねえよ」
「……御高説は終わったか?」
その時、この場の誰の物でもない声がした。
低く、鋭く、地の底を這うような冷たさの声は、静まり返った海の上で不気味なほど響き。
手鞠を除いた全員の体が固まった。
「…何やら見覚えのある船が留まっているとは思ったが」
カリカリカリ、と何かを引っ掻くような音が近づいてきた。
皆気づく、もう駄目だ。
抜刀している。
「………よう、毛利」
元親の声に顔を上げれば、そこには想像通りに凍てついた瞳の、毛利元就が立っていた。
座っていた全員にとって見上げる形になるため、見下すようなその瞳は余計に鋭く見える。
「あ、元就様。おかえりなさいー」
ゴッ!
「あいたっ!」
無言で脳天に輪刀の側面を叩きつけられ、鈍い音が響いた。
唯一空気を明るくした人間にもこの始末。
「さすがは賊の国よ、暇で仕方ないと見える」
「…話をしにきた、が、そんな気分じゃないようだな」
「嗚呼、永久にそのような気分にはならぬな」
足元に座り込む男達にへ吐き捨てるように、目障りだ、と告げた。
その一言だけでみなみな顔色を青くし、船の入口まで走り出す。
「…さっさと去れ。今後二度とこの厳島に立ち入ってみよ、海の藻屑と化してやろう」
相手をするのも鬱陶しいと言うように息を吐き、踵を返した。
その先には船頭が困惑した顔のまま舟を停めて待っている。
その背中に手鞠、と短く呼ばれたので、帰るのだと判断して自分もついていく。
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