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一方、手鞠が見た物陰の中では。
「兄貴ぃー、よしやせんか?
あんな奴の所へ行くなんて」
「そうっすよ、最悪の戦だったじゃねえですか」
「うるせえなぁ、なんべんも同じこと言わすんじゃねえよ」
長宗我部元親とその部下達が、本日何度目かにもなる会話を繰り返していた。
「あの毛利の野郎に、うちの絡繰りがどれだけ壊されたと思ってんだ?二三体どころの話じゃねえぞ。てめぇらそれを、ただ見逃すって訳にはいかねえだろうよ」
膝をぽん、と鳴らして言い切るも、部下達の歯切れは悪い。
今向かっている厳島で、自分達とその主は毛利軍にこてんぱんにされたのだ。
その時に見た。
毛利の当主の冷えきった鋭い目つきを。
「…ありゃ人間の目じゃなかったよな」
「そうそう、俺なんか身震いしちまってよぉ」
海賊ともあろうものが思い出して震える姿に、元親はため息を吐く。
「けっ、あいつはそんな大したタマじゃねえよ。何てことねぇただの坊ちゃんじゃねえか」
「けどよぉー兄貴ぃ…」
「もう直に着くんだ、腹決めろぃ」
部下にそう鼓舞しながら、遠くに見えてきた因縁の場所を見つめる。
今、安芸に元就がいないという情報は入ってきているが。
それでも尚その場所を見つめ続けた。
あいつがどんな奴かは大して知らねえが、と一人ごちて。
「……少なくとも、部下を犠牲にして国を守るヤツなんざ、大層な人間じゃねえよ」
その呟きは、激しい波の飛沫にかき消された。
「…ん?兄貴、島に人影がありますぜ」
「げえ!毛利じゃねえです?」
「は!?んな馬鹿な、あいつは今隣の国にー」
内心ドキリとした態度を隠しながら、部下の双眼鏡をひったくって指さす方向を見つめた先には。
「……女?」
そんな会話が船内で行われているとは知らない手鞠は。
初めて見た巨大な船にただ口を開けていた。
見たことのある船といえば屋形船がせいぜいで、毛利軍が持っているという水軍もまだ見ていない本人にとっては、未知の建造物だった。
「うわー…立派だなあ。あ、大砲ついてる」
そんなことを呟きながらも、どこの船かを確認するのは忘れない。
紫地に白、模様が円の形に縁取られた家紋。
おそらく、近くに住む村の人々が教えてくれた国だろう。
(海を越えた先に鬼ヶ島があって
そこに住む野蛮な鬼を、毛利様は大層嫌っておられる)
確か、そのような事を言っていた。
ではこれは、鬼が乗っているのだろうか?
「うお!兄貴の言った通り、本当におなごじゃねえですか!」
耳に飛び込んできた低い声に、はっと一瞬で意識が戻る。
顔を上げればすでに船は厳島の先端に停まっていて、ぞろぞろと中の人間が降りてきているところだった。
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