「はじめまして、羊です。」
まだずっとあどけなさの残る声で私へそう告げた時、その子の顔にはどんな不安も見受けられなかった。
学校帰りに唐突に巨大マフィアのトップに引き合わされたという中でこれなら、大した心根の強さだ。
「礼儀正しくありがとう。
私はボンゴレの九代目、そう呼んでくれて構わないよ。」
なるべく優しくそう言うと、羊は心なしかほっとしたようにたすき掛けにしていた鞄の紐から手を離した。
恐らくはあの中に大切な物でも入っているのだろう。
「君のご両親とは昔よくお付き合いをさせてもらっていてね、なにせ遠くに働きに出たものだから君をとても心配しているよ。
それでたまに様子を見てやってくれないかと頼まれたんだ。」
突然連れてきてすまなかったね、と謝れば、ぶんぶんと首を横に振る。
そうして子どもらしい、朗らかな笑顔を見せた。
この年で親元を離れているのだから、親の話を聞いて嬉しくないはずはない。
「見ての通り、私はもうおじいさんなんだ。
だから時々学校のことを話しに来てくれないかな。
ご両親も安心すると思うからね、羊ちゃん。」
「うん!」
羊はこの上なく嬉しそうに、無邪気にうなずいた。
この日私は二つ目の嘘を背負った。
始まりの終わり
「おじいちゃーん。」
「やあ、いらっしゃい。
今日は何があったんだい?」
羊は頻繁に私を訪ねてくれた。
学校での出来事、下宿先での出来事、両親からまた手紙が来たこと、私の屋敷の木に実がついたこと。
様々なことを私へ教えるために。
「そんなことがあったんだね。」
「うん、おじいちゃんは?」
「私はねえ…」
人をよく見て、受け流すことの出来る子。
私は羊をそう位置づけていた。
繰り返される互いの会話や担当の教員からも様子を踏まえた上の、妥当な評価だと思っている。
学んでいる学部も悪くない。
「…おじいちゃん?」
「…おや、何だい?」
「何か遠くを見てたよ?」
「はは、年を取ると物思いに耽ることが多くてね。」
そう言えば羊はからからと笑った。
まだ接触させるのは早いだろう。
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