「…え、白蘭さんを困らせる方法?
白蘭さん個人をですか?」
うなずきつつ経緯を説明すると、多分ミルフィオーレで一番同情的な視線と振る舞いをくれた。
入江正一もある意味での犠牲者だと名無しは思っている。
「うーん…多分一つだけ、それも一度きりのならあります」
「私にも出来るかな」
「はい、きっと…大丈夫だと思います」
間に含まれた「ため」が少し気になったが、今はそんなことを気にしていられないとかぶりを振った。
そうして正一が続けた次の言葉は。
「白蘭さんの目を見つめるんです。
出来るだけゆっくり、至近距離で。」
――――――…
「名無しチャーン♪」
「!」
その日の夜、就寝のための部屋への移動中、いつも通りこの白い生き物に遭遇した。
一瞬体が止まったが、後ろから擦りつく白蘭の腕の中で何とか振り向いてみる。
にっこり笑っているその瞳を見上げると、すぐに目が合った。
「わ♪
どうしたの?名無しチャン。」
「…別に。」
(僕の観察だと普段名無しさんは白蘭さんを一刀両断しているので、逆にアプローチに弱いはずです。
かといってやりすぎると喜びますから目を見つめ続けるくらいで効果があると思います)
というので、とりあえず言われた通り視線を外さず見つめ続けてみた。
こうして見ると普段まともに顔を合わせていなかったことが分かる。
「…ん、名無しチャン?」
問いながら、白蘭もこちらを覗き返す。
青とも紫ともつかない猫のような瞳がまばたきさえなく視界に侵入してくるが、視線は外さない。
「何。」
「どうしてそんなに僕を見てるのかなーなーんて。」
「何となく。」
「そっか♪」
あまつさえ、こつんと額同士を重ね、小さな笑い声すらあげる。
効かなかっただろうかという思いが頭を掠めた時、回されていた腕が勢い良く体を引き寄せ、そのまま抱きしめられた。
そのせいで互いの顔が見えなくなってしまったけれど、やけに大きい心音になぜ自分がこんなに動悸が激しいのか考えて。
ああ自分のではないのかと気づいた。
「白蘭。」
「な、に?」
「分かりにくい。」
「…だよねー。」
視線を外した方が負けというのは自然界の法則だ。
口先の使い魔が話せなくなったら負けというのも。
正一の目の付け所は完璧だった。
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