白蘭の言葉を五言以上無視した場合、世にも恐ろしいルールが発動する。
『何でも一つだけ言うことを聞かなければならない』という、理不尽極まりないものだ。
これを恐れて名無しは如何なる状況でも挨拶を返したし、お茶会の質問にも答えてきた。
黙秘されては人らしい生活も体調確認も出来ないとうのがそれらしく周りを丸め込んだ言葉だ。
「…名無し?
どうかしたか?」
「…いや、何も。」
アジトに帰ってからも頭を抱えていた名無しへ野猿が心配そうに覗き込む。
誰かに相談してしまいたい気持ちは山のようにあったが、白蘭が出してきた「一つだけ」のお願いごとがそれをさせなかった。
(僕を困らせて)
お茶を置き、心から悦ばしそうにそう言い放った。
(僕、名無しチャンに振り回されてみたい)
(…白蘭が困ったっていう、基準は?)
(ん?
僕のさじ加減)
この「何でも一つだけ言うことを聞く」という場合でも自分の身に危険が及ぶようなことは命令されないと知っていた。
だからといって、難易度が下がるわけじゃないということも。
(あ、僕は名無しチャンがしてくれるんならクーデターだって暗殺だって心の底から大歓迎するからちょっとやそっとじゃ困らないよ)
(…………)
そしてこのとどめの一言だ。
頭を抱えるはめにもなる。
「帰って来て早々に何悩んでんだ?」
酒のグラスを持ったγがそう尋ねてくれたけれど、しばらくその顔を見つめた後、やはり何でもないとかぶりを振った。
白蘭の指令をあらぬ方向へ送り込むとか、ホワイトスペルへの物資を搬入口で引き留めるだとか、本当の意味で向こうを困らせるようなことならγはこの上なく良い作戦を立ててくれるだろうに。
それでは白蘭には通用しない。
その上ブラックスペルにまで火の粉が飛ぶ。
白蘭と自分の内情に詳しく、良いアドバイスをくれそうな人間と言えば。
(…白蘭に見つからずに接触出来るかな…)
年中胃を痛めている、あの青年しかいなかった。
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