「男と女のことは、どうしたってその二人にしか分からねえからな。」
「…………」
そういうものだろうかと思う。
すっかりホームシックから話が逸れてしまったことに気がついたちょうどその頃、一人からしかかかってくるはずのない名無しの携帯が振動した。
「あいつはタイミングが良いんだか悪いんだか…」
「…良かった試しがない。」
「それもそうだ。」
――――――…
「――――、――…」
冷めた紅茶にも手をつけず、視線をそれなりの高さに固定したまま動かない名無し。
耳奥を聞き慣れた声と言葉が通り過ぎていく。
一目惚れという言葉くらいは知っているが、よもや自分に使われるとは生来思っていなかった。
明るく話している姿や、朗らかに笑いかけている姿ならともかく、このような大して笑いもしない人間のどこに惚れ込めると言うのだろう。
「―――――、――」
一度聞いてみたいとも思うがそれは何だかひどく自惚れた問いのような気がして、いつまで経っても聞けずにいる。
と、次の瞬間、んばっと目の前に白い手のひらが開かれた。
「!」
思わず肩を跳ねさせて顔を上げた名無しに、白蘭の楽しげな笑顔が飛び込んでくる。
目の前で変わらずひらひらと手を動かし。
「名無しチャンどうしたの?
ボーっとしてるよ。」
「…………」
返すのに適当な言葉が見あたらず口を噤んでしまった名無しへ、にっこり微笑んだ。
「今ので五回目♪」
「……え?」
「今日名無しチャンが僕の声に答えなかったの。」
それを聞き、尚もはためかせる手のひらの意味にようやく気づいた時、名無しは自分の体から血の気が引く音を聞いた。
嘘は言ってないよ、と上機嫌で話す白蘭を見なくとも、自分がぼうっとしていた時間を考えればそれくらいの呼びかけは無視していておかしくない。
この「二時間」にはいくつかルールがあった。
人質は呼び出しに必ず応じる、白蘭は人質に手出しをしない。
そして人質は口を閉ざす行為をしない。
ここに連れてこられた際、反抗を示すのに最も効果的なのが閉口することであるとすぐに気がついたが、白蘭の手が行き届くのが先だった。
「何か一つ、お願い聞いてね?
名無しチャン。」
こんな理不尽な契約を結ばされてしまうのだから。
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