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いつも二時間の終わりを告げる係の正一が、今日も胃の痛みを無視しながら白蘭の部屋をノックした。
普段ならここから十分は粘られるのが常で、また力づくで扉をこじ開けるのだろうかと暗い気分になった時。



「正チャン!
入って入って!」

「え、ええ?」



まさかの勢いで白蘭が飛び出して来て正一を室内に引き込んだ。
今までに無い事例に戸惑っていると、引っ張られるまま名無しの前に座らされる。



「はい正チャン。」



と目の前にコトリと皿が置かれた。
そこにあるのは何切れかの卵焼き。



「え…何ですか、これ。」

「今日の二時間の間に名無しチャンに教えてもらったんだ。
上手に出来てると思わない?」

「って、白蘭さんが?」

「そ♪」



食べるのが道楽とは知っていたけれど、このボスが自分で何かを作っているのは見たことがない。
学生時代はたしか「誰かに作ってもらった方が美味しいから」とか言っていた気がする。



「…その割にはすごく綺麗ですね。」

「でしょでしょ。
僕才能あるかもねー。」



形は言葉通りとても綺麗で初めてとは到底思えない。
この人間にはこんな程度のこと、容易いんだろうなと箸を取った。





「じゃあいただきます。
…それにしても名無しさん教えるの上手なんですね。」

「口で教えただけのはずなのに…」

「白蘭さんの飲み込みは凄いですか――ごぶぁ!」

「正チャン!?」



突如口内に広がった摩訶不思議な味に即座に口を押さえた。
一瞬何が起きたか理解出来ず、次いで舌が警告を出したことで全ての原因がこれにあると確信する。



「正チャン大丈夫?
回し蹴り食らった人みたいな声出てたよ。」

「あの、白蘭さん…隠し味とかには何を…」

「んー?
隠しすぎて分かんないや。」

「(それは手当たり次第入れたってことなんじゃ…)
じ、自分で食べてどうでした?」

「別に普通だったよ。」

「それ味音痴じゃないですか…」

「ん?」

「…いえ、こっちの話です。」



味音痴:食べ物ならたいてい美味しく感じてしまう舌のこと



どことなく意外にも感じたが、そう言えば白蘭が何かを嫌そうに食べたところは見たことがなかった。
確かにそんな舌でなければ、あの極限に甘いマシュマロをああまで好きにはなれないかも知れない。

口の中で暴れまわる卵焼きをどうにか出された水で流し込んで事なきを得た。



 


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