「名無し、野猿はどうだ。」
「変な寝言言ってる。」
「はは、こいつはいっちょまえに酒を飲みたがるからいけねえな。」
クシャクシャと頭を撫でるとまた聞き取れない寝言を呟く。
それに笑ったあと、そのまま笑顔を消さずに顔を上げた。
「……あの弁当、明日お前が姫に渡してくれねえか。」
「…私が?」
ふと、別の机の真ん中に置かれた小ぶりな弁当箱を見る。
そんなことは考えもしなかった。
「これは俺の感情論だが…何だかこういうことは男より女からの方が良いように思えてよ。
姫の母親も…前のボスも、こういうことはしてやれなかったろうからな。」
「………」
歯がゆく思っているのだろう。
母親の代わりにもなれず、男ばかりのこのファミリーで、自分のボスに一番必要なものを与えてやれないことに。
だから今γは笑いながら、どことなく寂しそうに目を伏せるのかも知れない。
「お前は前にいたところで弁当ってもらったことあるか?」
「一応、ある。」
「女からだったか?」
「うんまあ、女…みたいな人から。」
「嬉しかったか?」
「…そうだね。
もらった時はそんなことは初めてだったから、戸惑ってたけど。」
「そうか。
俺もある、ガキの頃に母親からな。
俺には母親しかいなかったが、弁当が嬉しかったのは母親がくれたもんだからだと思ってる。
何でだろうな。」
母親。
その存在を知らない、気にもならない不孝な子供に育ったけれど、想像してみたことならある。
そして必ずその存在がいないことを再認識すると、もう片方の存在が強くはっきりしてきたものだ。
「私は母親がいないからそういうことをしてもらったことはないけど、されていたらやっぱり喜んでいたと思う。」
「ああ。」
でも、とまぶたの裏に焼きつく姿を今一度思い出した。
「私は父からされたことは全て、嬉しかったよ。
器用には、出来ていなかったけど。」
揃って不器用な親子なんだと言うと、γはしばらく名無しを見ていたが、そのうち野猿と同じように頭をクシャクシャと撫でた。
「そうか…そういうもんか。」
「多分。」
答えるとγはどこか少しだけふに落ちたように笑い、男たちの中に戻って行った。
ごてん、ともたれていた野猿が倒れたので近くのソファに寝かせる。
その時不意に聞き取れた寝言に、なぜγが自分と野猿を撫でたのか、少し理解した。
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