名無しさんは事情あって、数ヶ月前に他のマフィアからブラックスペルに移隊してきました。
男性ばかりの場所で心配でしたが、淡白な性格のせいか、もうすっかり馴染んでいます。
とはいえ当初は慣れない環境の中でのあの白蘭さんの猛攻に、確実に神経がすり減ったはずです。
確かに、名無しさんは綺麗な人だと思います。
けど白蘭さんはそこだけに執着しているのではないようです。
あまり表情豊かとは言えず、口調は不器用ながら大抵差し障りのない関係を周りと築いている名無しさんですが、唯一白蘭さんにだけは拒絶の嵐です。
切り捨てられ撥ね付けられ、邪険にされても全く気にしていないあの性格は強さを通り越して怖いものがあります。
あれだけ白蘭さんの「押し」を拒絶する女性も珍しいのですが。
恐らく僕らは知らない、白蘭さんだけが惹かれる何かがあるのでしょう。
知りたいような知らない方が良いような、そんな感じのものが。
それでもなお白蘭さんに歯止めをかけないのは、どこかで分かっているからでしょうか。
この先、白蘭さんの思いが届く日は来ないだろうということを。
――――…
「正チャン会議終わったよー。」
お疲れ様です。
昼過ぎに帰ってきた相変わらずニコニコしている白蘭さんの顔がいつもより少し明るく見えるのは、名無しさんと会えるからでしょう。
「じゃあ名無しチャン呼び出してくるね。」
『二時間』ですか?
「そ♪
最近朝から使っちゃってたからこの時間帯は新鮮だな。」
二時間というのは白蘭さんと名無しさんの間にあるルールです。
白蘭さんにとっては最上の、名無しさんにとっては最低の。
まあ好きにしていいですけど、一応気をつけてくださいよ。
名無しさん強いんですから。
「うん。
こないだ後ろから抱きついたらわずかの躊躇いもなく目潰しされかけてね。」
そんなことも嬉しそうに話すなんて幸せなのかそうでないのか…いや、うん、幸せだきっと。
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