「なあ名無し。何がそんなに怖いんや」
「……え……」
「何が『一番』、怖いん?」
開発局に持ち込んだ時点で、ファイ君が助かることは分かっとる。
それならなして、布団に潜って誰にも会わないまで、何かに怯えなければならないのか。
名無しはまたしばらく黙ったけど、僕の膝の上でよりいっそう体を縮めて、口を開いた。
「……ファイ君が吸うのは、いっつもいっつも、誰かが嫌いなものとか、いらないものとか、で…」
しゃくりを上げる。
涙を拭ってやる。
「…私だって、自分の好きなものをファイ君にあげたことなんて、全然もなかったんだよ。いっつもいっつも、ファイ君は、嫌なものを吸わされてばっかりで…自分から吸い込んだことなんて一回も無いのに……」
でも斬魄刀が無い名無しには、ファイ君以外に自衛する手段があらへんから。
きっと僕が知るよりもたくさんのものをファイ君に吸ってもろたんやろう。
「私はいっつもファイ君に嫌なことさせてるから、だからせめてファイ君をずっとずっと大事にしようって、思ってて……それなのに……壊しちゃって……」
最後は声になってへんかった。
必死に僕の胸に顔をうずめて、震える指先で服を掴む。
きらいにならないで
ファイ君
きらいにならないで
祈りのようなたわごとが聞こえる。
この子が最も恐れてたものの正体。
嗚呼、僕は、人に嫌われるんを怖がる人間が嫌いやった。
びくびくして、顔色伺って、そうして結局大切なのは他でもあらへん自分やってその顔に書いてあって。
けれど名無しのは違う。
この子はあの子をあいしている
心の底からただひたむきに。
触れれば刺さりそうなほどの純粋さで。
名無しにとっての世界は、僕と、イヅルと、ファイ君と、たった三人、そう三人だけで出来ている。
「…大丈夫や名無し」
「…ぅ、えっ…」
「…ファイ君が名無しを嫌いになるわけあらへん」
まるで一つの生き物みたいにくっついた名無しの背中をさすって、できる限り静かに伝えた。
届いてないと思う、けど本心やった。
ファイ君はいやいや吸ってなんかない。
命令やから吸ってるんやない。
君を守ろうとしとるんや。
遠い昔、一度だけファイ君が自分から吸い込んだことを君は覚えとらんもんな。
教えてやることも、出来ひん。
堪忍な。
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