「…名無しが来ぃひん」




丸一日たとうとも名無しが隊室へ出てくる様子はあらへんかった。
下手するともう二日目の域に差し掛かっとる。



「こっそり様子見てくるわ」

「そこまでしなくても、名無し君は仕事担当ではないので二三日程度なら構いませんよ」

「僕も仕事担当やあらへんよ」

「あ、それもそうですね。………いやいやそんなわけないじゃないで、あ!もういない!」













隊舎前。



「名無しー、おるかー」



返事が来る前にさっさと部屋に入り込むと、そこに人影は無い。
ただし。





「…何やろねこの布団」



布の塊が鎮座しとった。

わざと足音を立てて近づけば、逃げようと狭い室内をもぞもぞ這い出す。
他に誰もおらへんよ、と言うて、ようやくそこから顔を出した。



「おーおー、目ぇ真っ赤やん」

「う…」



目元をさすってやるとまたそこからボロボロ涙が溢れてきた。
もう一度布団の中に戻りそうやったから引き止めて膝をぽんぽん叩けば、ゆっくりそこに乗ってくる。





「ギンさ、ファイ君…」

「大丈夫やって、あそこは変人しかおらんけど腕は確かや。ちゃんとようなって戻ってくる」



そう言えば何度も頷いとったけど、どうにも自分に言い聞かせとるようにしか見えへんかった。
よしよーしと抱きしめると余計に泣いた。





「まあずっと一緒やったのに心配せえへん方が無理やなあ。ならファイ君の話でもしよか」

「うん…」

「なしてファイ君はファイ君なん?」

「昔ファイ君を拾ったお店の人がそう呼んでたからファイ君…」

「なるほどなぁ。ファイ君のお面の下ってどうなっとるん?」

「お面の下、は……」



瞬間、また涙腺が決壊した音がしたから、慌てて名無しの頭を自分の体に押しつけた。
普段全く泣かへん子やから、もうほんまに対処法も言葉のかけ方も分からん。





「ファイ君の、お面の下、は、泣いてる顔があって、ファイ君はそれ、見られたくない、って…」








せやから、と呟きかけた口を引き結んで、小さなその背を静かに撫でた。



せやから君達はよう似とるって、僕言うたやろ。





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