それからちょくちょくギンさんは私の隙を狙ってファイ君を持ち出した。
私が取り返しに部屋に行くと、仕事をするわけでもないのに長い時間そこに置いてくれた。

多分ギンさんは私がここに来やすい理由を作ってくれていたんだと思う。


仕事部屋では大抵ギンさんは寝ていて、イヅルヤさんは黙々と仕事をしていた。





「名無しはどこの隊にもおらんの?」

「いないよ。本当はどっかの隊に入らなきゃいけないんだけど」



馴染めなくて、と笑うと、名無しはそんな感じがするなあとギンさんに笑い返された。



「僕なんて自分の隊にも馴染めてへんけどなあ」

「隊長、それ言ってて悲しくなりませんか」

「少しな」

「なら頑張って存在意義を見い出しましょう。ということで仕事してください」

「あかん流れやね。名無しどないしよ」

「散歩に行っちゃえば良いと思うよ」

「それはええわ。そんならまた後でなイヅルー」

「じゃあねイヅルヤさんー」

「だから僕はイヅルヤじゃなー…ああ!突っ込んでいる間に逃げられた!」












ギンさんはよく私を散歩に連れていってくれた。
色んな手を使って三人で散歩に行こうと企んでいるけど、中々うまく行かない。



「今日は池の方まで行こか」

「うん。あ、一昨日のあの花咲いたかな」

「せやねえ、帰りに寄らんと」



不思議なことにギンさんと散歩に行く日はいつも暖かい。
それはどこか気候のせいじゃないことに少しずつ気づいていた。

ギンさんの周りに人はいなかったけど、限りなく近くまで近づくと本当はとても暖かいことを知っていた。





「ギンさんは何で私を一緒にいさせてくれるの?」

「んー、何でやろねえ」



ぶらぶらと池にかかった橋の上を歩く。
そこから、瀞霊廷内をせわしなく駆けている隊員の人が何人か見えた。



「…僕なあ、周りが早いと思うわ」

「周り?」

「せや周り。あないに早う走ったって疲れるだけやろ」



私はギンさんがあの向こうにいる隊員の人たちのことを言っているのだと思ってそちらを眺めた。
それとは正反対に、私の足下にある橋の下では小さな睡蓮が静かに浮いていた。

今思うとギンさんはもっと大きな世界のことを話していたんだろうけど、そんなことには少しも気づかなかった。


 

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