静かな声の人だ。
じっと見つめられるから同じようにじーっと見上げていたら。
「お嬢ちゃん、聞きたいことはようさんあるんやけどな」
「うん」
「お嬢ちゃんの下でのびとるの僕の副隊長やねん」
「おおお!?」
そう長い指で示されたとき、私は初めて自分のクッションになってくれていた存在を知った。
あの柔らかい衝撃はこの人だったんだなあと、栗金とんの色をした髪を持つ顔をペチペチと叩いてみた。
「すいませーん、えーと…命の恩人さーん」
「イヅルや」
「イヅルヤさーん」
頬を叩いても呼びかけてもイヅルヤさんが起きる気配はない。
名前を呼ぶたび狐みたいな人は笑いをこらえていたけれど何でかは分からなかった。
「起きへんなあ。…お嬢ちゃんは変わった格好やけど死神なん?」
「死神だよ。そしてお嬢ちゃんじゃなくて名無しだよ」
「名無しちゃん言うんか。ああ、その服現世のやね」
そこら辺の事情は複雑やからなあ、と言いながら銀髪の人はひょいとイヅルヤさんの首根っこを掴んで持ち上げた。
「隊室まで連れてくわ。名無しちゃんもおいで」
「うん」
事情を聞かれるんだろうなーと分かってその人の後ろをひょこひょこ付いて行った。
三と書かれた白い羽織の背中を見て、初めてこの人が隊長さんなんだと気がついた。
元柳斎おじいちゃんに勧められなかった、三番隊の隊長さんだ。
「名無しちゃんは現世から来たんやろ?」
「そうだよ。でも何にも覚えてないの」
「せやったんか。そんなら誰かにつけてもらったんやな、名無しっちゅうのも」
「うん」
何にも覚えとらんのはしんどいなあ、ってその人は呟いた。
付いて行った三番隊の隊室で言われた通りに布団を敷くと、今までつまんできたイヅルヤさんを二人で寝かせた。
あんな高い場所から落ちてきたのを受けたんだからかなりのダメージなんじゃないかと思ったけど、うなされている所から意識はあるらしい。
「名無しちゃんはなしてあないな所におったん」
「ファイ君と街を見てたんだよ」
「ファイ君?」
尋ねられてファイ君が小さく私の背中から手を振った。
隊長さんは他の人と同じようにそれを見て少し驚いたけど。
「ファイ君言うんか。よろしゅうなーファイ君」
そう言って笑った。
初めてのことだった。
誰もファイ君を認めたりはしなかったから。
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