「ギンさんはここに来てくれるよ、だから会える」

「それはまた、話の流れ上?」

「それは分かんないけど…でも、イヅはまだギンさんの力になれると思う」

「名無しは?」



そう尋ねると、へにゃりと笑った。
いつものような元気いっぱいの顔とは程遠い、何か誤魔化すような、分かってしまっているような。



「私は何の役にも立たないよ。私は目立つし、ファイ君はもっと目立つもん」

「……それは、否定しないけど」

「ねー。だから大丈夫、ちゃんといなくなるよ。ギンさんの邪魔したりしない」




だから、ね?と僕の頭を撫でる。






「その時は、どんなことでもギンさんのためにしてあげてね。イヅ」











本当に、ただそれだけを願うような名無しの言葉。
その真剣な目にも頷けない僕は、何だか情けない。




「……僕はこのままでいたかったよ」

「私も」



最後の最後に素直になっちゃってーとカラカラ笑う名無しの強さが少し眩しい。

そんな時。













「ああ、名無しもおるん?」



「!市丸隊――」

「イヅしー」



叫びそうな口をファイ君の両手で名無しに塞がれた。
だってそこにいたのは、紛れもない、市丸隊長。





「イヅル少し痩せたなあ」

「隊長…」



いつの間にか開けられていた牢の鍵。
手招きする市丸隊長。

一緒に出てこない、そこに座ったままの、名無し。





「ばいばい、イヅ」







僕だけにしか聞こえない声で、名無しは確かにそう言った。


ああ、終わったんだと。

分かった。


























――――――……


あれから一ヶ月。
ここを裏切り虚圏と言う場所へ去って行ったのは藍染隊長、市丸隊長、東仙隊長。

かなりの死者と怪我人を出しながら瀞霊廷は崩玉を奪われ巨大な敵を作らせてしまったけれど、今はようやく落ち着きを見せている。




「よう吉良」

「…ああ、檜佐木君か。大変だったね今回は」

「お前も俺も隊長がいなくなったしな。ま、足掻きゃ何とかなるさ。頑張ろうぜ」

「そうだね」



檜佐木君は東仙隊長の後を継いで隊長になるらしい、僕はまだ決心がつかないけど。
廊下ですれちがっただけの彼と簡単に別れて、まだ少しせわしなさの残る廊下を隊室に向かって歩いた。

ふと遠くを見ると、かつて歩いた桜並木は全部花が落ちて青々とした葉をつけている。
桜を楽しみにしていたあの子はもういない。





名無しは、あの事件の数日後に姿を消した。






「ねえ、三番隊にいた変わった子覚えてる?」

「いつも現世の服着てた子でしょ?」

「そうそう。あの子ね、市丸隊長がいなくなったショックで瀞霊廷から消えちゃったらしいよ?」

「うっそー。そりゃ仲良さそうだったけど…本当に消えたの?」

「本当だって…名無しのさんだったっけ?その子の部屋に、あのピエロの人形置いたまんまいなくなっちゃったって聞いたし」

「へぇー、いつもブラ下げてたのにね。その人形どうなんの?」

「さあ。邪魔だし処理班が焼却処分するって聞いたけど。それより昨日のさー…」











通りすがっていく女子隊員達からはいつも同じ言葉が聞こえてくる。

あの時、確かに市丸隊長は牢に入れられた僕を助けに来た。
まだ使い道のある僕を利用しに。

名無しとはそこで別れて、失踪が分かるまで一度も顔を合わせることはなかった。
けれど、全然悲しくはない。

だって…





ピリリリリ






突然鳴った伝令神機。
画面を確認してすぐさま人のいない廊下へ曲がった。



 

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