帰り道、どうにか名無しの桜見物を終わらせて来た道を戻る。
「朝早く来たのにもう正午近いよ…」
「今年はよう見とったなあ、名無し」
「うん!」
帰りは珍しく名無しを真ん中において帰った。
「ギンさん手ぇつなごー」
「ええよー」
「イヅも」
「え、僕も?」
「ったり前でしょ、それとも何。俺の手が繋げねぇってのか」
「誰だよ……じゃあ僕はファイ君と繋ぐよ」
「シャイやなイヅル」
「顔に似合って」
「(どんな顔さ…)
って名無し、繋ごうにもファイ君の手が逃げてくんだけど」
「あ、ファイ君嫌って言ってる。いやいやって言ってる」
「イヅル嫌われとるね」
「かっちーん」
良いさ、別にファイ君に好かれなくたって。
強がってないよ本当に本当。
本当だってば…
なかば自分へ言い聞かせてた時、市丸隊長が何かを察知したようにフラリと離れた。
「ギンさん?」
「ちょお仕事が出来たわ。先に隊室戻っとってや」
「お忙しいですね」
「ほんまやねえ」
そう言いながら苦笑して、また名無しの頭を撫でた。
「うん、ギンさんお仕事頑張ってね!」
「おー頑張ったるわ。そんならな」
「バイバーイ」
笑いながら手を振った名無しを一度見て、隊長はそのまま歩いて行った。
…こう言うとき名無しは、凄いと思う。
僕はあんな風に笑えない。
自分から去っていく人を見て。
「藍染隊長のところかな」
「いや、もう本当に動きだすんだろ。ルキア君が連れ戻されたりいろんな事が起き始めたから」
そうだね、と言ったまま歩き出した名無しに合わせて僕も歩いた。
分かっている。
名無しは市丸隊長がしたいことは全部させてあげたいんだ。
ただそれだけなんだ。
「吉良副隊長!」
突然聞こえた知らない声にハッとした。
見ると息を切らせた隊員の一人が走って来ていて。
「何かあった?」
「り…旅禍が入り込みました!」
「…何だって、場所は?」
「西門の…白道門の前です!」
「分かった、すぐに行こう」
「はい!」
答えると隊員はすぐ別の方へ走っていった。
各副隊長に声をかけているんだろう。
「名無し、本当に動き出したみたいだ。僕も行ってくるから一人で隊室帰れるね?」
「私を何歳だと思ってんのー。了解、後でどんなことあったか教えてね」
「ああ、じゃあね」
そう言って目的の場所まで急ごうとしたとき、不意に後ろで呼ばれたような気がした。
ありがとう
最後のお花見
楽しかった
その静かな名無しの声は騒がしくなってきたこの場所の中で不思議とよく聞こえた。
振り返ることができなかった。
名無しは笑ったまま僕を見送っているはずだから。
あれだけ元気だった理由も、ずっと桜を眺めていた訳も、気づくのには遅すぎて。
僕は何の言葉も返せず、ただそこに名無しを置いていくことしかできなかった。
市丸隊長が旅禍と一緒に門番の腕を切り落としたと聞いたのは、門前に着いてすぐのことだった。
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