どんどん走っていく名無しの体が小さくなる。
瀞霊廷の隅にある桜並木は毎年名無しが僕らを無理矢理連れて花見に来る定番の場所だ。
いや、実際この場所じゃないと、意味がないんだと思う。
「ギンさーん!イヅー!はーやーくー!!」
遠くから名無しの声が聞こえてきた。
どんだけ大きな声で叫んでるんだあの子。
「見つけたんやな」
「ええ」
追い付いた名無しは一本の桜の木の下にいた。
毎年変わらずに、名無しは沢山の桜の中からこの木を見つけだす。
「おー、今年もよう咲いとるわ」
「ねー」
「本当によく見つけるよ、他のと全然違わないのに」
「すごい違うよ!大事な木だもん!」
心なしか楽しそうに言う名無しの前に生えている何ら変わりない桜の木。
ここは、僕らが初めて会った場所だ。
名無しはその時のことをよく覚えていて、毎年この木に春が来るのをとても楽しみにしている。
僕らが出会った時と同じように桜が咲く事を。
「無事に今年も桜に会えて良かったー。あ、この木に名前付けようよ」
「この桜に?」
「うん。そうだなー…じゃあ綺麗だから『ジョセフィーヌ』!」
「今桜の木心底ガッガリしたやろね」
「僕初めて人じゃない物の気持が分かりました」
「ええー何で、いいじゃんジョセフィーヌ。高貴な女性だよ」
「この桜男やったらどないすんねん。『俺ジョセフィーヌかあ…』って一生悩むで」
「大丈夫だよ、イヅって名前の男もいるんだし」
「何でそこで僕の名前が出るのかな?」
明らかにおかしいよね、別にイヅルって普通だろう。
だいたい桜にジョセフィーヌって…名無し?何してるのかな?
「こらこら桜にペンでジョセフィーヌって書かない」
「我等友情永遠不滅……と」
「いやいやそう言うのどこで覚えてくるんだ、やめなさい。泣くだろジョセフィーヌが」
あ、何か認めちゃったよ。
――――――…
「名無し、いつまで桜眺める気さ」
「もうちょっとー」
持ってきたゴザの上に座っている僕と寝ている市丸隊長(まあいつものこと)、ずっと立って桜を見上げている名無し。
時々肩に身を乗り出してきてるファイ君と少し話したり、目を細めたりしてずいぶん長い間眺めていた。
今日の名無しは少し変だ。
ものすごく楽しそうで、明るくて、はしゃいでて。
それでいて何処かが静かで。
(私達二人ぼっちだったんだ)
いつだったか、今と同じ場所の同じ時期に一度だけ名無しが呟いた。
(ずっとずっと寂しくてね 泣きそうだった時に)
(ギンさんとイヅに会ったんだよ)
この桜の木の下で。
僕が知る中で一番嬉しそうな顔で。
そう言った。
実際うまくこの世界に馴染めていなかった名無し。
その時に出会ったのが、受け入れてくれたのが市丸隊長だった。
だからなんだと思う、名無しが市丸隊長を大好きなのは。
恋だとな愛だとかそう言うのじゃなく、本当に心から名無しは、ファイ君と同じように、市丸隊長を大切に思っている。
そんな気がする。
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