短編 | ナノ






愛されることが苦しいのだとその人は言いました。


今の私とその人の関係を例えるなら何だろうと考えて、すぐに空気だと思いつきました。
いてもいなくても分からない存在、それならば空気という言葉が何よりも似合います。
例えば日当たりのいい場所に座ってうつらうつらとしている時、いつも隣にいて一緒にうつらうつらとしているのも、空気であるその人にしか出来ないことです。
限りなく意識をしなくなった気配にぼんやりと視線を向けると、綺麗な銀色の髪がさも眠たげに揺れていたので、それを少しだけ視界に入れて、私も再度心地よい「うつらうつら」に戻っていきました。

私の日常は毎日が平穏で安泰で、こうして暖かい陽気に身を委ねることが出来るくらいに落ち着いたものでした。
与えられた仕事をしてそれなりの人間関係を作って、時々美味しいものを食べてたまにこうしてうたた寝をしてみます。
そんな日々の合間合間にたまに出会うのがその人です。



「市丸隊長!」



不意に穏やかな色をしていた空気を震わせた自分の副隊長の声が耳に入り、私もその人も同じ瞬間にぱち、と目を開けました。
私は寝覚めが悪いので現実に引き戻されてからもしばらくぼうっとしていましたが、それはその人も同じなのでお互いに大分時間が経ってからようやく意識が戻ります。



「…あかん…寝てしもた」

「寝に来たんじゃないんですか…?」

「ん、名無しおったから何しとるんやろう思て来たんや。サボる気あらへんかったのになあ…」



恐らくさっきの探している吉良副隊長の声では、しっかりサボっていると思われているでしょう。
「その人」である市丸隊長は幾分気だるそうに副隊長の声がした方へ歩いて行きました。
サボる気がなかったとは珍しいです、まあどこまでが本当かは分かりませんが。


私の毎日の中にはいくつか市丸隊長が入ってくる場所が置いてあります。
それは例えば今のようにうたた寝の仲間であったり、そんな小さなものです。
私の中で市丸隊長という存在は大きくもなく小さくもなく、本当に空気という言葉が似合う人で、恐らく市丸隊長の中の私もそうだと思います。
大きくも小さくもない存在なのに好きだといえば、矛盾しているのでしょうか。

市丸隊長が好きです、狐のような目も、口調も、中身も、多分ほとんどが好きです。
それでもその人は空気という以外ありません、人は空気なしでは生きていけないのですから。








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