短編 | ナノ






ある今日のように晴れた日に同じ場所で、市丸隊長にそう言ったことがあります。
告白などとは程遠い、いつもの静かな他愛ない世間話のように淡々と言いました。
私の中で市丸隊長に好きだと伝えることは何も特別なことではなく、むしろ好きなのだからそう伝えても問題なんてないのです。

市丸隊長も普段通りそれを聞いて、それからまたいつものようにお互いうつらうつらとしていました。
私にとって市丸隊長は空気のようで、いてもいなくても分からないけれど好きで、日常の小さな隙間に入ってきてくれたらそれでいい、そんな存在でした。
市丸隊長もまた、私がそのような存在だと言いました。
だから私達はこうした毎日の繰り返しの中でほんの少しだけ互いを見つければ、それ以上のことをしようとは思いませんでした。



だからある日の夜、市丸隊長がさよならを言いに来たときも私は引き止めませんでした。
近頃瀞霊廷内が騒がしい理由がその人であることは心のどこかで気付いていたのですが、それでも何もしなかったのはやはり、私にとってあなたがとことん空気だったからなのでしょう。



「遠くへ行くんや」

「そうですか」

「名無しは置いていくわ」

「そうですか」

「 うん、邪魔やから」



そこはもう少しためらわずに言ってもらわなければ私としては騙されてあげることも出来ないのですが、それでも頷いておきました。
これで、と市丸隊長は言いました。




「……これで、ようやく一人になれるわ」




愛されることが苦しいのだとその人は言いました。
怖いのだと言いました。
あなたを好きでいることが苦しみなら私はいつだってこの思いを消すことは出来ると言いましたが、市丸隊長がそれをさせることはありませんでした。
苦しいのなら離せばいい、私の毎日の隙間に入ってくることもないし入れることもない、その他大勢として私を扱えばあなたがそうすることは簡単だったのに。


愛されることは怖い。
いつかその思いの中から自分は消えてしまうから。


それならばいっそこの世界からいなくなるとき、誰も自分の離別を悲しまないそんな存在であろうとしているあなたが私は、好きだったのかも知れません。
もう遅いと分かっているのに虚勢を張って、私もそのような存在にしようとしているあなたが。








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