君の名前は名無しと言った、名無しは僕の前では笑ってくれた。
顔色を伺う中途半端な微笑みではなくちゃんと口を開けて楽しそうに笑ってくれた。
ここら中の君を無下に扱う奴らに見せてやりたい、大声で教えてやりたいくらいに僕にだけは素直になってくれた。
だって僕らは似ていたから。
自分よりも気持ちが分かる相手がこの世にいるなんて少しも思っていなかった。
僕は君だけにしか笑わないし君は僕だけにしか笑わない、不満や怒りや憤りや悲しみを見せるのも君だけで僕だけだった。
僕は元から底意地が悪いから、きっと聞きたくない本音だって名無しに言ったかもしれないけど、それでも君は僕の隣にいてくれた。
正直僕は自分の感情というものがどんなものなのか少しも分からなかったから名無しの存在はありがたかった。
今なら分かる。
君といた時間が一番僕らしくあれたときなのだと。
「ギン」
後ろから藍染さんの声がしたけれど僕は振り向かずに目の前にある窓から果てしなく砂漠の広がる世界を見ていた。
珍しく返事をしない僕にあの方は多分不思議そうな顔をしたのかもしれない、背を向けているから分からない。
「やはり瀞霊廷を離れたのは、辛いかい」
どこか他人事のように聞こえる台詞、それもそうだこの人に誰かを思いやる気持ちがあるはずない。
ああ、どうでもいい他人のことなら勝手にいくらでも推測できるのに。
「…分かりませんわ」
この世界に来てから僕は僕のことが何一つ分からなくなっていた。
眠たいのか動きたいのか楽しいのか悲しいのか。
今こうして月のない空を見ている今、僕は、何を考えているのだろう。
ここに来たのは、この人に着いてきたのは、どうしてだった。
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