短編 | ナノ






「うわあああんっ!」


バタンッ


「一分と半やな」



ゼーハーと息を切らしながら倒れこんだ私の手から袋を受けとると、中からせんべいを出して食べた。
……食べたかったのかな、市丸隊長。



「ほれ、食べ」

「あ、はい…」



隣の私にも一枚差し出してきた。
つくづく、この方の性格が理解できない。
……市丸隊長は辛いものが好きではないはず、と思い出してちらりと隣を見ると。
あー…辛そうにしてる。

ただ、『食べる』と言うことがしたかっただけなんだろうか。
私達が食べているのを見て、美味しそうに見えた、とか?



「さーて、次は何させるかなー」

「へっ?」



――――――…

僕が部屋を追い出されてからしばらく経った。
隊室に入れないので、仕方なく部下と一緒に印刷部屋で細々と会議書類を作っている。

どこかの君…大丈夫かな。
心配だけど僕が出来ること何ひとつ無いしな。



「吉良副隊長、上に書類提出してきます」

「ああ」



元から少ない隊員が部屋からいなくなって、僕一人きりになった。
用意しておくの、胃薬と頭痛薬で足りるかな、今回は一番ひどいのに。
でもまあ、市丸隊長のどこかの君イジメの発端は僕かも知れないからなあ…。



ダダダダダダッ!



「?」



何かとてつもないスピードでこちらに近づいてくる足音があった。
そして突然勢い良く障子を開いてやってきたのは、ポロポロ泣いたどこかの君本人。

右手に赤いものを持って僕の側にやってきた。



「どこかの君っ、解放されたのか?」



首をブンブン横に振って、手に持っていた赤いものを僕に振り上げた。



「なっ…」



思わず固く目をつぶったけど、やってきたのは意外と軽い衝撃。
ピコンッと気の抜けた音が僕の頭上で聞こえた。



「…え?」



目を開けると、身長の足りないどこかの君が精一杯僕に叩き付けたものは、子どもの遊びでよく見かける…ピコピコハンマー?

うー、と泣きながらピコピコピコピコ叩いてくる。



「え…ちょ、どこかの君。状況が理解できないんだけど」

「私だって聞きたいですよぉ…!」



とりあえず今理解できているのは、未だにどこかの君が隊長から解放されていないこと。



「副隊長を…」

「え?」

「副隊長を殴ってこいって言われましたぁ…!」



…やっぱり。
本当に殴るわけにもいかず、ピコピコハンマーか…。



「何か『僕のイライラの最終原因はイヅルと名無しの密談やからなあ』とか言われて…」

「密談って…部屋の隅のコソコソ話?」



こっくり頷く彼女。
確かに隊長はあの後キレたな。
当然のように分かっていないどこかの君は、ずっと泣いていた。



(なあ、イヅル。目の前に怖い奴がおったら、そいつの事ばかり考えるよな?)



あの時僕が頷かなければよかったんだ。



「…泣いてるよ」

「っもう何回も泣いてるから良いです!ロシアンルーレットやらされたり抱き枕になったり高いところに取り残されたり!」

「うわあ…」


意地悪でいじめたがり屋な隊長と、従順で泣き虫などこかの君って。
もしかして、良い組み合わせだったり。
隊長にとってのみだけど。

はあ、と漏れたため息に名無し君が不思議そうにこちらを見る。
……本当にあの人は。



「もう戻らないと、また隊長にいじめられるよ?」

「はい…」



戻っていくどこかの君の後ろ姿に思わず謝った。
僕があの時市丸隊長を止めていれば。
優しくしたって、可愛がったって、好いてもらえればいつだってあの子はあなたの事を考えるようになると、伝えていれば。



(でも隊長、泣かせては可哀想ですよ)

(せやかて名無しに僕以外の事考えてほしないもん)



「名無し君が気づくわけ…ないか」



誰かに泣かされているときは、泣かせている人のことしか考えられないものだ。
ひねくれた愛情があることに君はいつ気づくだろうか。





end




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