短編 | ナノ






それから帰ると、珍しくウルキオラが僕らの夜の遊びに顔を出した。
いつもは小言の一つや二つを吐いて名無しを連れ戻しに来るとき以外に現れたことのなかった彼が。
よりによって新しい銀のボウルを持って。



「……藍染様からの餞別だ」

「!」



嬉しそうにそのボウルへ飛びつく名無しと、笑いをこらえてそっぽを向く僕を交互に見て、苦々しく下を向くウルキオラを見ることができた。
藍染さんからというのはずいぶん、便利な言葉だ。



「ありがとうウルキオラ、ありがとう!」

「…俺からではない、そこを履き違えるな」

「うん!」

「良かったなあ名無しちゃん、世界が戻ってきて。どんな具合か試してきたらええ」



そう言うとまた大きく頷いて、眼下にある砂漠へ飛び降りていった。
ボウルに砂を入れては、サラサラと落として何かを楽しんでいる。



「…君も結構、らしいことするんやな」

「…お言葉の意味がわかりかねますが」

「ええよええよ、独り言やから」



そのまま踵を返して帰っていきそうなウルキオラの首根っこを掴んで、無理やりその場に押しとどめた。
僕が力業を使ったことに対して、少なくとも意外であったような顔をする。

それでもおとなしくその場に残り、僕と同じように何となく下を眺めた。
名無しちゃんはまだ屈んでボウルで遊んでいた。



「ようやくあのボウルも名無しちゃんの宝箱に入れるな。もう君にも溶かされへんやろ」

「そうなるでしょうね」

「誰の所有物でも無いもんは、気分次第で誰かにあっという間に壊されてしまうからなあ」

「ええ」



だから君は、名無しちゃんを従属官にしたんだろうと。
連れていこうとしたんだろうと。
そう言えば隣のこの仏頂面は、なんと返すのだろうと考えた。



「…名無しちゃんも色々残念な子やけど、君も負けず劣らずやな」

「…主にどの辺りがでしょうか」

「自分の本心に色々にぶい辺りやろうね」



そう言って少しいじめると、お言葉ですが、と口を開いて。





「市丸様には、言われたくありません」





予想外の、反撃をされた。
てっきり「仰る意味がわかりかねます」とでも返すのだと思っていた分、うっかり目を開きそうになった。

ああそうだ、そういえばそうだ。
本当に全く、なぜ気がつかなかったのか。
自分も全く同じことを、昔から今まで、しているじゃないか。

ただ一人の女の子を、自分でも良く分からない感情のまま拾い、連れ歩いた。
守りたいと思っていたのに、ついぞ何も言えないまま。
不器用の限りを尽くして今ここにいる。

拾ったなんて言い方をしたら、きっとあいつは怒るのだろうけど。



自然と口が閉じたので眼下を見やると、元気もボウルも満タンになった名無しが笑顔で手を振っていた。
新しい彼女の世界は、どうやら具合が良かったようだ。





「外の世界では、空から水が降るんでしょ?ウルキオラはどんなのか知ってる?」

「……知っているが、お前に教える必要なはい。どうせ再現できるか試すだろう」

「うん」

「地面があると教えれば掘り、木があると教えれば作ったな」

「うん」

「……それでは俺はお前に何も話せない」



それを聞いて、あの子は何かしばらく考え込み。



「……そっか、ごめんねウルキオラ。ごめん」

「なぜ謝る」

「あはは」

「なぜ笑う」

「市丸様はわかった?」

「おお、わかったわかった。わかりやすいなあ、ウルは」

「何の話ですか」



この子らに雪を見せたいと思った。
冬のはじめに降るささめいた、けれど大きな粒の雪。
積もりもしない、触れた片端から消えてしまう情けない雪。

僕が唯一あの世界で綺麗だと思ったもの。



それを名無しに提案したら、本人はずいぶんと乗り気になって。
僕はウルキオラからこってり絞られることになった。





fin.




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