「よくわかんない。何か急に悲しくなる」
「どっか痛いとかやないんやな?」
「うん、大丈夫。この悲しいのも、誰かのだと思う」
「誰かの?」
「うん。私、近くにいる人が悲しくなると涙が出る。その人が考えてることが分からなくても」
そういえば、ウルキオラが以前この子を「鏡」だと言っていた。
感知器官と同調意識に突出した能力を持っていて、唯一それだけが名無しの能力と呼べるものだと。
戦えもしない、知識も少ない。
ただ周りの感情を受け取ることしか出来ない、まるで幼子のような。
だからこの子の周りにはどの破面も寄り付かないんだろう。
この姿を通して、己の恐怖が、怒りが、不安が、悲しみが、まざまざと突きつけられるから。
そんなことを知りたくはない。
自分の感情を数値化することさえ躊躇わないウルキオラのような性格でない限り。
「この間の土どうしたん?」
「ごめんなさい、ウルキオラに捨てられちゃった。『土遊びをしている暇があるのか』って」
「あの子も極端やなあ」
「うん。でもね、へへ、ちょっと嬉しかった。私がしてたのって土遊びって言うんだね」
ちゃんと遊べてたんだね、と泣きながら笑った。
「市丸様、それ私の?」
「ん?ああ、せやせや。名無しちゃんの『世界』」
「久しぶりー世界」
コォンコォンと涼しげな音を立てて嬉しそうに銀のボウルを抱きしめた。
この子はつい先日、調理場への立ち入りを禁止されたから、それ以来このお気に入りの道具を持ち出せていないだろうと思って取ってきた物だ。
「名無しちゃんの行ける所どんどん無くなるな」
「うん、貯水池も行けなくなっちゃった。でもまあ仕方ないよね」
藍染さんがそう言うんだし、と笑うと、頬を伝った涙がボウルにうまくたまった。
ここの造り主に嫌われていることを、もうこの子は理解している。
でも何故かは、分かっていない。
それは君が、限りなく―――
「……余計な物を与えないで下さい、市丸様」
何の音もなくいつもの気配が背後に立った。
僕の思考を遮るように。
「ええやん、ボウル一つくらい」
「藍染様の御命令ですので……名無し」
「あ」
ウルキオラが指を鳴らすと、あの子の手元のボウルが音をたてて液状化した。
熱さがあるらしく即座に手を引っ込めたので液体はそのまま遙か下の砂漠へ落下していった。
前/
次
戻る