ある晴れた暖かな日に、君と小さな散歩に出かけた。
さして遠いところに行くわけでもなく足の向くままに手を引いて穏やかな陽射しの中を歩いていた。
季節が変わったばかりの外の世界はこの目を更に細めるような太陽もなくなっていて、ただただどこまでも静かだった。
少し離れた場所から君の僕を呼ぶ声がしたからそちらを向くと、隣にいたはずの君はいつの間にか小さな池のふもとへ駆けていた。
離れたその手に僕が慌てて近づくと無邪気に笑ってまた駆ける。
ああもうそないな事したら。
僕の心臓が壊れてしまう。
「あかん、あかんよ名無し」
「なあに?あ、ギン瞬歩なんてずるい」
そんなことはどうでもいい、今はただ離れてしまったこの手だけが僕の心の中を占めていた。
ほとんど無理矢理に名無しの右腕を掴み取るとそれでも君は慣れたようにするりと僕の手のひらへ繋ぐ。
どこへも行かないのに、と微笑んで僕の手を引きながら池の縁へ連れていった。
腰を下ろした近くにある池は底が見えるくらいに透き通っていていくつか鮮やかな彩りの花が水面に浮いていた。
自分の顔を水に映すために身を乗り出した名無しの体へ自然に右手が絡みついて支える。
「すごいよギン、私の顔がはっきり映るの」
「そんなん鏡と同じやろ、何も面白くないやん」
「そう?」
僕が君の考えを受け入れなくても君はいつもそうやって微笑む。
逆も同じ、君が僕の考えを受け入れなくてもそうやって何も気にせず笑う。
この笑顔をいつまで見られるのだろうか。
きっともう、長くはない。
名無しがこのまま音もなく水の中に吸い込まれていきそうな気がして、まだ池を覗き込んでいたその体をこちらへ引き寄せた。
その行為に少しだけ不思議そうに僕を見上げたけれど、僕の考えていたことを理解したのか君は大人しく僕の腕の中におさまった。
「ギンはいつも、私が離れるのを嫌がる」
「名無しにいなくならんで欲しいだけや。やって、」
「僕が消すんやから」
僕が名無しを見つけたんはもうずいぶん前。
欲しいと思ったのもずいぶん前。
向こうの世界に行かなければならないと知ったのは、ずっと最近。
あの人の計画に名無しは入れられない、連れていけないと分かったとき僕の中に生まれたのはたった二つの考えだった。
募る君への思いと。
沸き上がる嫉妬心。
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