それが引き金になったらしい。
名無しのアホー!嫌いやー!好きやけどー!と叫びながら隊室を飛び出していってしまった。
しばし呆然としたままその背中を見送って、ようやく心と周りが落ち着きを取り戻した頃。
「…他の隊の迷惑になるから連れ戻してきてもらって良いかな」
「……はい」
副隊長からひどく納得のいく指令をもらった。
隊長が飛び出していった先は大体分かる。
あの人は気が滅入ると狭いところに行くような人ではない。
どこの隊かは分からないけれど、やはり隊舎の屋根の上で隊長を見つけた。
端の方で本当の狐のように座っている。
声をかけなくてもきっと気づいているだろうから、あえてかけなかった。
しばらくは何も喋らずその背中を見つめていたのだけど。
「…ちゃんと名無しに好きになってもらえば良かったなあ」
ぽつりと、きっと小さな声なのに風に乗ったのかしっかり届いた。
「神槍まで使うて無理矢理やったし、相当焦っとったんやな僕」
ハハハ、とお得意の笑い声。
ああやっぱり隊長はそう思っていたんだ。
無理矢理手に入れたから、気持ちまで手に入れるのは無理なんだと。
私が思ってもいないことを言うのをためらっているのに、それすらも自分は無理矢理させようとしているんだと。
そう思い続けてきたんだ。
ごめんね。
言葉が無ければ分かりあえないとも、言葉が無くても全て分かりあえるとも思わないけど、私は少し言葉が足りなすぎた。
あなたは少し焦りすぎた。
きっと私のこの性格も口下手もなかなか直らないだろうし、もらった言葉の百分の一も返せないだろうと思う。
でもね。
言葉は少なくても、私は一度もあなたに嘘を言ったことはないんだよ。
静かに歩いて隊長の隣にしゃがんだ。
そっとその頬を両手で包んでこちらを向かせる。
ああ、こんなに近くで顔を合わせるのは初めてだ。
見上げた先、隊長の目の中に私が見えた。
「…言うてくれるん?」
その言葉に私は小さく、小さく笑って。
すぐ近くでささやいた。
「あなたから」
だって幸せと言ったじゃないか 言葉通り、隊長から先にこれでもかとその言葉を言われた。
従って次に私も、すごく途切れ途切れに何とか言って、抱きしめられて窒息した。
ああここが誰もいない屋根の上で良かったなあ。
本当に良かったなあ。
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