次の日から隊長の猛攻が始まった。
会話をするときは何かにつけて『あ』から始まる五文字を尋ね、例えどんな言葉だとしても答えるまで先に進まない。
一日中そんな様子だから当然周りも不審がるし、私は暇さえあれば『あ』から始まる言葉を考えていた。
「『あ』から始まる五文字ー」
「『あの角で』副隊長が探していましたよ隊長」
「言うてくれんと僕仕事せえへん」
「じゃあ私は二・三日現世へ出張してきます」
「仕事します」
仕事中は敬語なのでわりかし会話が楽なのだけど、それでも話すのが苦手な私へお構い無しに隊長はあの言葉を言わせようとする。
「好き」よりも若干情熱と思いの深さが入っているであろう、アドバイス通りの『あ』から始まる五文字。
その意味を知れば知るほど口にするのが難しくなる。
端から見ればあの言葉を言う言わないで押し問答だなどのろけた恋人達のやり取りに見えるけれど、私の性格を知っている隊員達はだいぶ大変さを理解してくれた。
「なして言うてくれへんの」
いつものように夜、私の膝を占領しながら懲りずに隊長が言った。
「性格上の問題」
「嫌いだからやない?」
「……うん」
「そんなら大丈夫や、すぐ慣れるて。
言うて、言うて『あ』から始まる五文字」
「『呆れます』」
嘆息気味に読んでいた本を置く。
ますます嫌そうな顔をした隊長を静かに見た。
「…私は今のままで幸せなのに」
ぽつりと呟くと、隊長が今まで仰向けで膝の上に寝ていた顔をうつ伏せにした。
少し顔が赤い。
次の日、珍しく朝から隊長が廊下でのしかかって来なかった。
背骨が助かったことをありがたく思って隊室の扉を開けると、まだ私は甘かったことを再確認する。
隊長が扉のまん前で待ち構えていた。
思わずうわあと言ってしまった。
「おはよーさん名無し」
「おはようございます」
「言うて、五文字」
「……『朝ごはん』、ちゃんと食べましたか?」
いつもの切り返しに隊室内の数名の隊員が私へ親指を立てた。
隊長はというと、何かもう子供のような表情になってきている。
「なして言うてくれへんの、名無しなんか嫌いや!嘘やけど!嫌いやないけど!」
「そうですか」
「言うてくれへんと家出するで!」
「『あまつさえ』子供になるようなことをしないで下さい…」
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