短編 | ナノ






「……だから」

「ん?」

「…ちゃんと好きだから」



何十回もの相手との押し問答の末、ようやく最後に一言言える。
そうすると今まで前を向いていた私の顔を自分の体に押し付けて、いつもは合わせようとする目を絶対に合わせない。
ああ照れ隠しなんだな、とぎうぎう押し付けられる隊長の服で窒息しながら思った。


当初に比べれば、私はかなり好きだとかそういう言葉を言えるようになってきた。
何百回の押し問答が何十回で済むようになったのだから。
これも一重に隊長のせいと言うべきかおかげと言うべきか、とりあえずそのことを例の隊長の幼なじみに報告してみると。



「いやーあいつはそれだけで満足するような奴じゃないわよ。次は『愛してる』くらい言わされるんじゃないの」



体が固まるのを感じた。
いや、幾らなんでもそれは無理だと思う。
「好き」で精一杯な私にしてはそれはレベルが高すぎだと思う。
この人のアドバイスの全てが当たるというわけでもないし。





「名無し」

「はい?」

「『あ』から始まる五文字言うて」



当 た っ た よ 。



思わず今まで読んでいた本を膝上で横になっている隊長の顔に落としそうになった。
仕事終了後の夜、さっさと寝巻き用の着物に着替えて読書をしている私の部屋に隊長があんまり頻繁に押し掛けるからもう入室は好きにさせてしまった。
どうせ私は本を読んでいるだけなので、空いている正座した膝も寝転がろうが何をしようが勝手にさせているから……とかもう今はそれどころじゃないって、え、何?



「『あ』から始まる五文字」

「…『ああごめん』、借りてた筆返すの忘れてた」

「いやそういうことやのうて」



違うの、じゃあ何。



「恋人に言うことあるやろ、五文字で」



…彼女のアドバイスは、本当に当たる。
けれど当たったところで私の口は到底動きそうにない。
「好き」よりも遥かに強いそれを今の私が言えるはずがない。
本当に私は精神だけ硬派な男性なんじゃないかと思えてきた。
いっそ「好き」とその言葉を口に出してみてほしい、一体どっちが格段に気恥ずかしいか。



「言うて、ねえ言うて」

「…いや、難しい」

「絶対今日中に聞いたるで」

「じゃあ出ていってもらおうか」

「すいません明日で良いです」




ああ、大変なことになった。







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