短編 | ナノ






「やあおはようどこかの君、市丸隊長もお早うございます」

「おはよーさんイヅル」

「…おはようございます」



私と来るようになって隊長の遅刻が0になったので、副隊長は毎日朝から機嫌がいい。
私の体力と引き換えに。



「さあ隊長、今日も仕事ですよ」

「僕名無しがおらんとせえへんよ」

「はい、どうぞ隊長室までどこかの君を連れていってください」

「おおきにイヅルー」



このところ副隊長の笑顔が市丸隊長のそれに近づいてきた。
大はりきりで担ぎ上げられている途中でそのことを隣にいた隊員に言ってみると、大きくうなずかれた。



「名無しがおると仕事が楽しいわー」

「私は暇なんだけど」

「何も聞こえへんなあ」



地獄耳をしているくせに都合の良い耳を持つ隊長の膝の上に座らされて、ただこの人が目の前の机で書類を書いているのを眺めている私。
私の背中を自分の体、目の前を机、両側を書き物をしている自分の腕で挟めば私が逃げられないということを知った隊長は普通に仕事をやるようになった。

周りの人は私が鶴の一声でも使って仕事をさせていると思っているらしい。
実際は隊長が私を閉じ込めているだけで、たまに疲れたときに私の頭を顎置きにしているくらいだ。

私は口下手なのであまり会話はしないけど、この人は一向に構わない。



「名無しは僕のこと好き?」

「………うん」

「ちゃんと言うてや」

「いや」

「言うてや」

「いや」



女としては珍しいのかも知れないけれど、私はその手のことを言うのがとても苦手だ。
特に愛情を形にしたような言葉が。
硬派な男性が軽々しくそういうことが言えないのと同じで、口に出すのがとてつもなく気恥ずかしい。
ましてや人前でなんて蒸発できる。
だからそういった言葉を口にするのは圧倒的に隊長の方が多い。



「…聞かないと不安なの?」

「人間そういうもんや」

「人間じゃないのに」

「元や元」



こころなし私の体に回る隊長の左腕に力が入った。
やはり不安になるものかも知れない、この力で無理矢理告白を受け入れさせたとあっては。
最初こそ戸惑ったものの私としてはもう隊長をちゃんと恋人として見ているし、何というか、その、好意を持ってる。
ただそれを言葉に出来ない。
これは単なる恥ずかしがり屋で済むのだろうか。








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