それでもきっと市丸様はそれを教えてくれないだろうから、あのね、と正面に立って言ってみた。
「市丸様は遠くばかり見てるから近くを見せてくれる藍染様がいた方がいいよ」
それを聞くと市丸様は何かを考えるように少し黙って。
突然笑い出した。
「あっはっは、そらええなあ。その考えいただいとこか」
「おー」
よく分からないけど頭をなでてもらったのでまあいいかと思う。
そんな私を無視してさっさと歩きだそうとしていたウルキオラを、市丸様が珍しく呼びとめた。
「ウルは近くばかり見とるから、遠くを見せてくれる子がおったほうがええよ」
「…意味を察しかねますが」
「あーええよええよ、気にせんといて。そんならなー名無しちゃん」
「うん」
急いでウルキオラに追いつきながら、手を振ってさよならをした。
次の日の深夜、私は黒い画用紙を小さな丸の形に切った。
それを空に浮かぶ丸まるとした月にかざすと、欠けて見えることを市丸様に教えてあげた。
喜んだ市丸様と一緒に月をいろんな形に欠けさせていたとき、不意にぽつりと呟く。
「名無しちゃんは何が世界やと思う?」
「世界?」
あんまり変わった質問なのでしばらくほけえーと市丸様を見ていたけど、いつも思っていることがあったから部屋に戻って昨日のボウルを持ってきた。
来る途中で貯水槽からそれに水を汲み、市丸様の隣に戻って座った。
「これ」
「これ?」
思わず膝に置いたボウルを覗きこむ。
反射して銀色に染まった水には頭上にある月がゆらゆらと形をとどめずに浮いていた。
軽くその丸を指でつつくとあっという間に形は崩れ、落ち着いたころにまた戻る。
覗きこめば、やっぱりゆらめく私の姿が映った。
「ああほんまや、これはタエちゃんの世界やな」
「なー」
正直私もそんなものは分からない。
でも何となくができるのはいいことだと市丸様が言っていたから、何となく答えたこれに当たりもはずれもないんだと思う。
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