そうして僕が幻覚で動物を与えれば、彼女が寂しがることもない、本当の動物に手を出して怪我を負うこともない、僕の所有物が取られたように感じることもない。
だって彼女が可愛がっているのは僕の分身なんだから。
かくして今日も無事に、名無しは僕と日常を過ごしていく。
「…マーモンさん、あの仔のこと嫌いでしたか?」
「どうして?」
「いえ、何となく…」
思えば君があの動物達への名前を思いつかないのは当たり前のことかも知れないね。
幻覚には名前なんて存在しないし、元を辿れば、君だって良く知っている僕の名前になるんだ。
だとすれば、僕があの仔猫の幻想を嫌っているように見えたのは、僕が僕自身を好きではない現れなんだろう。
本当に、滑稽なくらい鏡写しだ。
「…そんなことないよ。猫が好きだって前にも言ったようにね。あの猫も可愛い猫だった」
それを聞くと、もう名無しの中から気にかかる不純物は取り除かれたらしい。
ぬかるんでいるというのに足取りが軽やかになる。
転ばないでよね、と心配しながらも、彼女は身体能力が意外に良いことを知っている。
そんな帰り道の途中で何となく僕の与えた幻覚を思い返すと、確かに毛並みが整った愛らしい瞳の姿だ。
「うん、本当に可愛い猫だったよ」
僕を健気に抱き上げている両腕の温度を感じながら、静かに口角がつり上がるのを感じた。
「…世界で二番目くらいにはね」
策士、
手中の猫を溺愛す
(そうそう名無し)
(僕、鏡は嫌いだな)
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bkm