「私の部屋、なぜか昔から鏡が無いんです。身だしなみ用のコンパクトだけじゃさすがに不便なので、そろそろ大きいの買わなきゃなあ…と」

「ふうん」



名無しは話し終えた後も不思議そうだったけど、それ以上僕が追求しなかったのであまり気に止めなかったらしい。
名無しが猫を飼い始めてから一ヶ月が経った日のことだった。




そうして一ヶ月と三日が過ぎたある日。
仔猫がいなくなった、と名無しから教えられた。
一昨日から姿が見えず、付近を散策しても足跡一つ見つけられなかったと。

名無しはわずかばかり悲しんで、でも死別したわけでも逃げたわけでもないから、とまたいつもの笑顔を僕に向けた。
彼女の前に現れる動物は、突然降りだす雨のように訪れて、突然差し込む晴れ間のようにいなくなる。

姿が消えても帰るべき場所に帰ったんだと思えるのは野良の良いところなんだろう。



「また愛想つかされたね」

「そうですね。でもとても楽しかったから、また頑張れます」

「どうせまた何かしら動物が迷い込んでくるんじゃない?」

「それを期待しますか」



そう笑って、洗った餌入れを部屋の奥にしまった。



「でも今までは皆三ヶ月くらいはいてくれたのに、あの仔はとても早かったです」



ああうん、それは仕方がないよ。
この間の君の発言を聞いたらそうするしかなくなったんだ。




幻覚は鏡に映らないんだから。









今日も恒例の散歩。

ぐちゃ、とまた不快な音を立てて名無しが雨上がりの林を歩く。
僕を抱える名無しの腕の中で揺られながら、足下の水たまりを見つめた。
いつからだろう、僕が彼女に秘密のペットを与えはじめたのは。
僕と彼女にしか見えない、僕の分身とも言える、素晴らしいペットを贈りはじめたのは。



「また何か飼いたい?」

「うーん…今は良いですね、あの仔はとても可愛かったですから」

「そう」



名無しの得意技でもある僕へのありきたりな質問に動物が絡みだしたら、それは飼いたいと思っている合図。
後は頃合いを見計らって、彼女の求めている動物像を粘写すればいい。




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bkm
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