今まで通り、猫を飼ったとは言え普段の仕事に差し支えがあるわけでもなく名無しは仕事をやっていた。
彼女にとって動物を飼うことは気分が変わるから、普段より少しイキイキとして見える。
それは良いことだ。

仕事帰りに名無しの部屋に行くと、嬉しそうに僕に仔猫を触らせてきた。
仔猫の遊び相手がいなくて困っていたらしい。
名無しには他の幹部や部下との接触を一切禁じているからそうなるのも仕方ないだろう。



「良い仔なの?」

「はい、人懐っこいし行儀が良いし、朝は顔を舐めて起こしてくれるし、マーモンさんが近くを通ると鳴いて知らせてくれるし、とても良い仔です」

「君より知能が高いんじゃない」

「わ、私の方がキーボード打つのは早いですよ」

「足は遅いだろうけどね」

「うう…」


落ち込んでうつむく名無しの手の甲を仔猫が舐めて慰めていた。
名無し#が拾った動物よりも優位に立てたことは一度もない。
そもそもあるはずがないんだけど。


ある日一緒に昼食を取っているとき、まだ名無しが仔猫を「あの仔」と呼んでいることに気づいた。



「君はいつも飼っているものに名前を付けないよね」

「なーんか思いつかないんですよ、本当に何となく」

「ネーミングセンスも無いとはね…」

「そうですね…」



困りましたねえと笑う彼女は一見打たれ弱そうに見えるけれど、案外根が強いことを僕は知っている。
僕にあることないこと言われても気にしないし、この広いアジト内で僕以外の人間との接触を禁じられていても一人でいることにへこたれない。

そのせいか時々、無性に動物を飼いたくなると言っていた。
その気持ちは良く分かる。
僕も似たようなものだったよ。


今まではね。


昼食も食べ終え、そろそろ仕事に戻ろうかと腰を上げたとき。



「あ、鏡買わなきゃ…」



何気なく名無しがそうポツリと呟いた。



「鏡?」



普段はこういった小さな発言は聞き流す僕に、少しだけ不思議そうな顔をしながらも答えた。




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