「この前は木の下に立っている夢。私は一人だったけど、誰かが木の上に座っているらしくてずっと心配そうに上を見上げてた」



ぎゅっと僕を抱く力が強くなる。



「三日前は葉に文字を書いている夢。それを川上から下にいる誰かに流していて、これもまた上手くその誰かに届くか心配そうにしてた」

「一昨日はどこかから来た手紙を読んでいる夢。ポストの前と白い便箋で、中には綺麗な青い結晶が入っていたからその時の私は嬉しそうに笑ってた」



誰かが。

何度もそう呟く名無しの顔を見上げようとしたけれど、この腕の中ではどうしたって叶わない。



「…昨日は?」



いつの間にか小さく僕の口が尋ねると、名無しは小さく笑った。



「昨日はね、クルミを割ってる夢を見た。たくさんたくさん一人で割ってる。なのに割ったのを片っぱしから誰かが食べちゃっていくから手元には全然残らないの。だから『一人で食べないで割ってよ』って言うんだけど、姿は見えないのに隣から声だけ返ってくるの。『だって僕は小さいから自分じゃ割れないんだよ』って」



クスクス声を漏らして僕をしっかりと抱き直した。
ああ。
そうだったんだ。
僕が見ていたのは、きっと。

「僕だけ」の記憶じゃ、なかったんだ。



「だからねマーモン。前のマーモンには前の私がいたよ。次のマーモンには次の私がいるよ。それはきっと、悲しいことじゃないよ」



不思議だね。
もしかしたら君の言葉は僕を慰めるためのただの嘘で、けれど本当に良く出来た、心底優しい嘘だったとしてもだよ。
僕は騙されたいと思うんだ。
積み重なった僕の記憶の中に君を探して、嫌わないでいられる気がするんだ。

ああ。
これ以上にささやかな幻術を、僕は知らない。



「…前に抱いてよ」

「え?」

「体を前に向けて抱いてくれたら、僕だって手くらい握ってあげられるよ」



その瞬間、あえて顔は見なかった。
きっと名無しは嬉しそうな顔をしていて、僕はその気恥ずかしさに耐えられそうになかったから。
名無しはすぐに向かい合って抱いていた僕の体を前に向かせて抱き直した。
大きさの違う名無しの指を握ってやると、握り返してきた名無しの手ですっかり僕の手は隠れてしまった。


 


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bkm
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