「すごく似合ってるよ。めったに聞かないからきっと誰も間違えないし、きっと忘れもしないと思うよ。ザンザス君のためにある名前だね」



ザンザス君、と改めて俺をそう呼んだ。
それきり俺は何も返事をしなかった。
出来るような状態じゃなかった。
九代目も十代目も関係ない、今まで生きてきた世界とはまるで別の世界が突然俺に与えられてしまった。
肩書きだけの意味だと思っていた名前に「俺」という存在が認められてしまった。
それはとてつもないほどの衝撃で、驚愕で、悲しみで。
けれど。


どうしようもなく俺はそれを、待ち望んでいたんだと。


その日初めて、知った。



「…ザンザス君?どうしたの、どっか痛いの?」

「…うる、せえ…」



人前で泣いたのは、後にも先にもこれっきりだ。



俺のところに九代目が迎えに来たのはその年の秋だ。
豪勢な車、黒服の大人、すべて見慣れない中に一人の老人が立っていた。
母親の話の中でしか聞いたことのない九代目は、思っていたよりもずっと小さかった。
母親は今まで生きてきた中で一番の笑顔で俺を抱きしめた。
それを見たらもう、九代目がどんな存在でもよかった。



「ザンザス、ああザンザス」



その頃にはもう母親は俺の名前を呼ぶことしか出来なくなっていたが、その名前に含まれた意味しか呼ぶことが出来なくなっていたが、それでもかまわない。
俺がその意味どおりの存在になれば良いだけだ。
お別れを言う友達はいないかと聞かれて、いないと即答しかけたところを少しだけ止めた。
時間をもらっていつもの川へ走ると、やはり名無しはそこにいた。
紅葉した葉がいくつも流れていく川淵で、桟橋の上に座っていた。
父親が車で迎えに来たこと。
そいつの家に行くことになったこと。
すべてを聞いてそれでも名無しは、いつものように微笑んだ。



「よかったねザンザス君。それじゃあもう、会えないね?」

「…時々」

「?」

「…時々、来てやる」



そう言うと一瞬驚いたように体を止めたが、母親と同じ、今迄で一番うれしそうな笑顔を見せて。
母親とはまったく違う意味合いで俺の名前を呼んだ。



「ザンザス君元気でね、元気でねー!」



それしか言うことがないのかというくらいそれを叫んで、ずっと俺に手を振っていた。
会いに来ることは出来ないだろうと、そいつは気づいていたのかもしれない。
車で迎えに来たと聞いたなら、きっと生半可な距離ではないことをきっとあいつなら悟っただろう。
だからこそ。
俺も少しだけ口の端を歪ませて、一度だけ手を上げた。




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bkm
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